ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(前篇)

作家の書き出し

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ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(前篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

新作では、方法論もすべて一新

──芦沢さんは事件の真相を思いついて、そこから逆算してプロットを作っていくことも多いそうですが、今回はいかがでしたか。

芦沢 『カインは言わなかった』は今までと作り方が違って、逆算というより、話の最初から順に書いていった感じがします。一人一人、この人はどこに向かってどういう道を歩んでいくかを考えていったので。ただ、現実が表現に侵食されていくような切実な場所にいる人たちが、最後に共鳴してくるといいなとは思っていました。最初はいったい誰の何の話だろうと思わせるくらいバラバラなピースが、いつの間にかねじれて「ああ、あそこで混ざって響き合っている」と思ってもらえるところを目指しました。

──そう、それぞれの心理について、「そういうことだったのか」と思う場面がいくつもありました。ところで、今回は取材も相当されたそうですが、取材先ってどうやって見つけてアポイントを取るんですか。

芦沢 それが今回はラッキーで。まずは今の日本におけるクラシック・バレエの状況や、男性ダンサーの立ち位置を知りたくて、詳しい方にお話を聞きに行ったんですが、そうしたらその方が聞きたいことを次々に教えてくださった上に、舞踏評論家の先生をご紹介くださって。さらにその先生がバレエ史を講義してくださった上に、バレエ団の振付家の方をご紹介してくださって……と、みなさんがどんどん他の方に繋げてくださって。

──みなさん親切ですねえ。

芦沢 絵に関してもすごくラッキーでした。私、去年、「文春の長篇にどうしても集中したくて」と言って他の仕事を全部お休みしていたんですけど、そうしたら他社の担当さんが美術雑誌で編集長をされている方をご紹介くださったんです。さらにその方が、画家の方々からお話をうかがう場を作ってくださり、しかもアトリエまで見せていただけて。ものすごく贅沢な取材でした。
 あとは、いくつかの展覧会にも足を運びました。以前から絵を見ることは好きだったのですが、いろいろ勉強したり画家の方からお話をうかがったりした後で見ると、またすごく刺激的で。画集を見るのと実物を見ることとの圧倒的な違いとか、画廊の雰囲気とか、発見があるたびに原稿を書き直していきました。

──さて、これが単行本10作目ですよね。

芦沢 よく同業者のあいだで「10冊目の壁」って言うんですよ。10冊目くらいになると自分の手札だけでは書けなくなってきて、ここで飛躍しなきゃいけないのにどうしたらいいか分からなくてスランプに陥る、という。実際、今回、私の中ですごく「壁」感がありました。でもそれは、ありがたいことでした。編集者のみなさんが「早く出せ」というのではなく「ここが弱い」「ここをもっと掘り下げて」といって、ギリギリまで何度も書き直させてくれたんです。
 たとえば、筋トレで「自分が頑張ればできるくらいの負荷をかけて10回」という課題を出されたとしたら、10回で力を出し尽くそうとすると思うんですけど、10回目で「はい、あと5回」と言われたら、自分では限界だと思っていたはずなのに意外にあと5回できたりするじゃないですか。それでさすがにもう本当に限界だと思いながら15回目をやっているところで、「あと3回」とさらに言われる。今度こそ本当に無理だと思うんだけど、やるしかないから歯を食いしばってやると、結局できたりする。その最後の3回でつく筋力が、自分自身をアップデートさせてくれた感じがありました。

──これまでの9作でも、芦沢さんはいろんな挑戦をしてきましたよね。独立した短篇を集めた『許されようとは思いません』(16年刊/のち新潮文庫)、ノンミステリーの『貘の耳たぶ』(17年幻冬舎刊)、実話怪談風の『火のないところに煙は』(18年新潮社刊)……。芦沢さんというとどんでん返しのイメージも強いけれど、テイストが毎回違う。

芦沢 たとえば『火のないところに煙は』はホラーかミステリーか作風を分けることはせず、自分の持っているミステリー的なテクニックをホラーという舞台でどう生かせるかを考えました。今回も「ミステリーにしよう」と思いすぎずにいられたというか。どんでん返しを一番際立たせようとするならたぶん、もう少し違う書き方になったと思います。あくまでもどんでん返しや構成の仕掛けというのは、伝えたいことをより伝えるための手段に過ぎないので、手段に振り回されないようにしたい、というのはすごくあります。
 ミステリーといっても、私は「どうやったの?」よりも、「なぜやったの?」というところに興味があるので。『カインは言わなかった』は、それで今自分ができるものをとにかくやれた、と感じています。

 


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カインは言わなかった芦沢 央

定価:本体1,650円+税発売日:2019年08月28日