ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(前篇)

作家の書き出し

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ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(前篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

すべてを注ぎ込んで仕上げた新作長篇

──単行本10作目となる『カインは言わなかった』がいよいよ刊行になりました。高名な芸術監督・誉田規一の新作公演の開幕三日前に主役ダンサー、藤谷誠が失踪。本篇に入る前に殺人事件もほのめかされますし、一体何が起きているのか、無事開幕できるのか、もう一気読みでした。出発点はどこにありましたか。

芦沢 まず、師弟という関係性のゆがみに興味がありました。師弟関係ってすごく濃密ですよね。弟子が必死に食らいついていって、これでどうだと思うところまでいっても、師匠にはあっさり否定されたりする。でも、「何がいけないか分からないけれど師匠が言うから正しいに違いない」と考えるしかないところがあるなと思っていて。「この人に認められたい」とついていくうちに、「この人に認められなければ前に進めない」と思うようになってどんどん追い詰められて自分を見失っていく。そんな濃密すぎるがゆえにゆがんでいく関係を書きたいというのがありました。
 じゃあそれをどの分野で書くのか考えていた時、狭い稽古場でひたすらピルエット──片脚で立って回転することですけれど、それをさせられて汗だくになって、それでも回らされている人のイメージが浮かんだんです。
 肉体的な要素のあるもの、その中でもスポーツのように勝ち負けがはっきり出ない、絶対的な正解が存在しないものにしたいと考えました。

──誉田が率いるカンパニーは、バレエを先鋭化させた、独自の身体表現を目指すコンテンポラリー・ダンスの公演で人気を博しています。稽古場面も迫力がありましたが、芦沢さんはバレエやダンスは詳しいのですか。

芦沢 詳しくはないです。ただ、中高時代、器械体操部だったんです。女子の体操はクラシック・バレエの要素が入っているので、ぼんやりとは知っていました。社会人になってから五年ほどダンススタジオに通っていたのですが、その時にコンテンポラリーもやりました。なので詳しくはないですけれど、どの体勢が辛いとか、どこが簡単に見えて実は難しいといったことは体感として微妙に分かる部分がありました。

──本作には視点人物が何人も登場します。失踪した藤谷誠を捜す彼の恋人の嶋貫あゆ子、誠の失踪によって開幕三日前に主役に大抜擢され誉田の指導に翻弄される尾上和馬、誉田に恨みを持つ松浦久文、そして、誠の弟で、画家の藤谷豪の恋人・皆元有美……。こうした登場人物は必然性から決まっていったわけですか。

芦沢 失踪した人間を捜す人はもちろん、誉田が強烈なので、松浦のように彼を恨んでいる人は出てくるだろうと思ったし、主役交代にドラマがあると思い、抜擢される人を書きたいとも思いました。表現したい人って「見出されたい」という気持ちを抱いていると思うので、思いもよらぬ形でパーンと見出された瞬間の感情の起伏も書いてみたかった。だから抜擢される尾上を書いていた時は本当に楽しかったです。

──尾上、誉田の指導で精神的に追い詰められて苦しむのに(笑)。

芦沢 はい(笑)。今回はみんな追い詰められていく人たちなので、それぞれのトーンを変えることに苦労しました。尾上はひたすら挑戦を続け、あゆ子は迷いながらも捜し続け、有美は大きな行動はしないけれど、ごちゃごちゃ考えて感情が揺れ続けている。松浦も第一稿では同じようにごちゃごちゃ考えるタイプだったんですけど、そこは変えるようにしました。
 思考を言語化して煮詰めていく人もいれば、どんどん行動していく人、周りの光景や出来事をそのまま受け止める人というのもいる。それぞれの年齢や性別、立場によっても考えること、見えることは違うはずで、その違いをどう文章において表現するのかというところに苦心しました。

カインは言わなかった芦沢 央

定価:本体1,650円+税発売日:2019年08月28日