4月29日、全国36校の高校生たちが一堂に結集するはずだった「第7回高校生直木賞」の全国大会は、新型コロナウイルスの感染拡大のため、延期を余儀なくされた。以来、参加校の生徒たちは自宅にこもって候補作を読み、オンラインで友人と議論をつづけている。雌伏の時間を過ごしている全国の高校生たちへ――。「第7回高校生直木賞」候補作家5人が、自らの高校時代をふりかえって「読書体験」を綴る、連続企画の第3弾!
僕の父はたいへん熱心な読書家で、書斎に収まりきらなくなった本が僕や妹の部屋に置かれていました。そのため、僕の部屋にはずっと、ドストエフスキーやチェーホフ、安部公房や太宰治などの本がありました。それらの本に幼少期から触れてきたので、こうして作家になることができたのです——というのは嘘です。どれも難しそうだったので無視していました。暇でどうしようもないときに、ときおり手にとることもありましたが、どれも古典と呼ばれている本でして、なかなか最後まで読むことはできませんでした。
最初に手にとったのはトルストイの『アンナ・カレーニナ』でした。というのも、『アンナ・カレーニナ』は僕のちょうど枕元の高さに置いてあり、眠りにつくときにいつも目にしていたので、ずっとどんな本なのか気になっていたのです。子どもの僕は「あんなカレーにな」という意味だと思いこんでおり、カレーに関する小説だと想像していました。高校生のとき実際に読んでみて、カレーが関係なかったこと、タイトルが人名だったことに驚いたのを覚えています。
そんな風に父の本を手にとる中で、最初に熱中したのは筒井康隆の本です。はじめて読んだのは『農協月へ行く』という短編集で、表題作は農協職員が月へ行って異星人とコンタクトしてしまうというお話です。父は筒井康隆の本を他にもたくさん持っていたのですが、一夏ですべて読んでしまいました。そこから派生して父の本棚にあったSF、たとえば小松左京、レイ・ブラッドベリ、アーサー・C・クラーク、フレドリック・ブラウンなどを読み漁りました。高校生のときはSFを中心に読んでいたと思います。
せっかくなので、みなさんより読書歴が少しだけ長い先輩として、読書の(とくにSFを読むときの)コツを3つだけ伝授したいと思います。あくまで僕の主観なので、役立つかどうかはわかりません。
1つ目ですが、読書をしていると、理解できない部分や、解釈の難しい部分、わかりづらい描写などがあると思います(SFはとくに多いです)。そういうときは、心の中で「よくわからないことを書く作者が悪い」と毒づいて、読み飛ばしてしまうのがいいと思います。本というのは、すべて特定の誰かに向けて書かれているので、意味がわからないことがあるのは仕方のないことなのです(数年後に読み返してみると、すんなり理解できたりします)。
2つ目は、つまらなかったら、途中で読むのをやめても構わない、ということです。大学受験の問題集はそういうわけにはいかないでしょうが、本のいいところは好きなときに中断できて、いつでも再開できるところにあります。昔は僕も几帳面で、手にとった本はすべて最後まで読んでいたのですが、途中でやめることを気にしなくなってから、それまでよりもずっと読書が楽しくなりました。いいかげんな気持ちで本を手にとり、つまらなかったら別の本に手をのばせばいいのです。
最後ですが、実は読書の力が数段アップする裏技があります。それは「自分で書いてみる」というものです。僕も、自分で小説を書くようになってから、それまでわからなかったいろいろなことがわかるようになりました。一見不要に見える描写がなんのために存在しているのか、複雑なストーリーをシンプルにしないのはなぜか、何気ない会話がどんなことを象徴しているか。自分で小説を書いていると、そういった細かい部分が伝わってきたりします(小説を書くのは意外に大変なのでオススメはしません)。
僕のコツを参考にするにせよ、しないにせよ、とにかくいろんな本にぶつかってみてください。世界には、みなさんに読まれることを待っている本が存在しています。ひとりでこっそり父の本を読んでいた僕と違い、みなさんは同世代の友人たちと本の話ができる環境にあると思います(正直に言って、とても羨ましいです)。面白い本があったら、図々しく友人に押しつけてみてください。いいかげんな気持ちで手にとって、気楽に読んでみてください。かつて父の本棚からSFを抜きとって読んだ僕が、今ではSFを書いて生計を立てているように、1冊の本との出会いが人生を大きく変えることもあるのです。
おがわさとし 1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの〈大賞〉を受賞しデビュー。17年刊行の第2長篇『ゲームの王国』が第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞をダブル受賞。19年刊行の『嘘と正典』が第162回直木賞の候補となる。
※第7回高校生直木賞の候補作は、下記の5作です。
朝倉かすみ『平場の月』(光文社)/大島真寿美『渦』(文藝春秋)/小川哲『嘘と正典』(早川書房)/川越宗一『熱源』(文藝春秋)/窪美澄『トリニティ』(新潮社)
賞の詳細は、高校生直木賞HPをご覧ください。