第一回高校生直木賞発表 選ばれたのは伊東潤『巨鯨の海』

高校生直木賞

高校生直木賞

第一回高校生直木賞発表 選ばれたのは伊東潤『巨鯨の海』

解説: 伊藤 氏貴

「竜馬は、議論しない」司馬遼太郎はそう言った。

 息巻いて攘夷を説く武市半平太を竜馬がいなす。議論というものは負けた者を傷つけるだけで、その所論や生き方を変えることはできぬから、というのが竜馬の考えだ。

 なるほど今も日本人は基本的には変わっていない。傷つくこと、人前で恥をかくことをおそれる心性は、以前にまして強まっている。そのせいか、キャンパスでも喫茶店でも居酒屋でも、口角泡を飛ばして議論する学生たちを見かけることはついぞなくなった。

 しかし、議論はそもそも勝ち負けを目ざして行われるものではない。なにごとかにいたく心を揺さぶられた者たちが、その感銘を言葉にせずにはおれないときに、自然発生するものだ。たとえば同じ本を読んだ者同士が、登場人物の好き嫌いについて、ストーリー展開について、ああでもないこうでもないと語り合う。それ自体、他のなにものにも代えがたい喜びではないだろうか。

 その喜びを一人でも多くの若者たちのためにと、フランスで読書教育の一環として二十五年以上に亘って続けられている「高校生ゴンクール賞」。二千人を超える高校生たちが、権威あるゴンクール賞の候補作からじぶんたちで一作を選ぶというものだ。その日本版をと数年前にはじめた「高校生が選ぶ直木賞」については、これまで既に本誌で二度ほどレポートさせていただいたが、今回企画として、全国の高校の代表者たちに集まってもらい、ささやかながらいわば全国大会を開く機会を得た。

 東北から九州までの四つの高校から各二名の代表者、計八名で、自分たちなりの一位を決めるというものだ。直木賞本賞とは異なり、必ず一作を選ぶ。「受賞作なし」も「二作同時受賞」もなし。これは「高校生ゴンクール賞」に倣ったものだ。自分の推す一作をめぐって当然議論は激しいものとなるだろう。何が選ばれるのか。さらにまた、彼らは結局所論を変えることなく議論によって傷ついたのだろうか、それとも読むことの喜びを語り合うことの喜びへと結びつけることができたのだろうか。

 まずは以下、これまでの経過を簡略に記す。

 参加校は四つ。北から言えば、岩手県立盛岡第四高校、東京の私立麻布高校、静岡県立磐田南高校、福岡の筑紫女学園高校。公立二校・私立二校、共学二校・男子校一校・女子校一校である。

 まず、予選として、各校での討議。北の二校は第一四九回、南の二校は第一五〇回の候補作からそれぞれ二作を選出。

 重なる作品もあったので、第一四九回からは、伊東潤『巨鯨の海』、原田マハ『ジヴェルニーの食卓』、湊かなえ『望郷』、第一五〇回からは、朝井まかて『恋歌(れんか)』、伊東潤『王になろうとした男』、千早茜『あとかた』の計六作が選ばれた。そののち各校で、自分たちの読んでいない作品を含め、もう一度討議をしてもらった。

 この六作を巡って議論を交わすため、各校から二名の代表者が選ばれ、計八名が五月五日に文藝春秋会議室に集った。奇しくも男女同数の各四名。顔ぶれは、文芸部に所属し、読むばかりでなく、自分でも書くことを趣味としている者から、天文部、地学部、生物部、管弦楽部、元ソフトボール部で趣味は魚釣りという者まできわめて多彩であった。

 人によっては新幹線や飛行機で東京に着き、息つく間もなく始められた選考会だったが、疲労も躊躇も一切見せることなく、いきなり議論は白熱した。初対面の相手に緊張するのではという心配は、全くの杞憂に終わった。彼らは代表として学校の意見を背負っているところもあるが、議論に際してはなにより自分自身の考えを優先するよう、司会を担当して下さった編集者からはじめに伝えられた。

望郷湊かなえ

定価:693円(税込)発売日:2016年01月04日

王になろうとした男伊東潤

定価:726円(税込)発売日:2016年03月10日