第一回高校生直木賞発表 選ばれたのは伊東潤『巨鯨の海』

高校生直木賞

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第一回高校生直木賞発表 選ばれたのは伊東潤『巨鯨の海』

解説: 伊藤 氏貴

 各作品について出た特徴的な意見は次の通り。

 朝井まかて『恋歌』では、意外や意外、主人公の夫、林忠左衛門よりも、爺やに対する女子の人気が高かった。「生きざまがかっこいいし、優しい」。

 武士の娘たちの生きざまにも女子の共感が寄せられた。「侍たちがかっこいい生き方ができるのは、その裏で支えているこういう女性たちがいたからだ」と。「主人公が義理の妹に言う『生きるのよ』という一言にこの物語は集約されている。女性の地位が決して高くはない時代の中で、女性を主人公に描くと、どうしても陰の作品になる。戦いのような華々しいシーンを書けるわけでもない。男は戦いに出かけ、それこそ梅を観に行くという話も出ていたけど、結局、観に行けないまま二人は離ればなれになって、結局、子供も産めないまま。でも、林様を思っている気持ちは今の現代人の恋愛と変わらない」

 伊東潤『王になろうとした男』は、やはり信長でなく、周りの、しかも知名度で言えば二番手ですらなく三番手以下のほとんど表舞台に出ない人たちを描いたところに注目が集まった。一人ひとりの個性は異なり、視点が変わるたびに世界観もがらっと切り替わる。しかもそれを通して中空に信長が浮かび上がるような構成に讃嘆が浴びせられた。

 同じく伊東潤『巨鯨の海』も、一つのテーマを追いながら、短篇ごとの主人公の世界観が非常に異なっていることが注目された。また、力強い表現力と、そこから湧き出る力強い音に耳を澄ませた者もいた。むさくるしい男たちもまた魅力だと言う者もいた。なにより、今まで全く知らなかった世界への扉を開いてくれたことへの素直な感激が何人かの口をついて出た。

 もちろん、全く未知の世界への一歩というものはすぐに踏み出せるものではない。今回、ここまで三作がみな時代小説で、高校生が選ぶものとしては予想外なところもあったが、実際、伊東潤作品ではじめて時代小説に接して、なかなか世界に入っていけなかった生徒もいたようだ。それが、今回、時代小説を複数読むことでそのおもしろさに開眼したという。ある学校では、『王になろうとした男』だけのときはあまり評価が高くなかったが、『巨鯨の海』をも読み終わった後で、遡って『王に』の方も急浮上したそうだ。時代小説は高校生には向かない、というのは年寄りの偏見であることがよく自覚できた。たしかに彼らが自らそうした本に手を伸ばすことはあまりないかもしれないが、ちょっと背を押してやりさえすれば、ハマる若者も出てくるだろう。そういえば、以前この企画である高校にお邪魔した時に、ある生徒が「司馬遼太郎を知らないのは、人生の喜びの半分を知らない」と友達に言っていたのを思い出した。

盛岡四高の千葉珠絵さん(左)、川林星華さん(右)

 つづいて千早茜『あとかた』。こちらも高校生には向かないかと思っていたが、本選の六作に選ばれた。ある意味いちばん高校生ならではの意見が飛び交った作品だった。性的内容が含まれていたこともあり、激しく議論が戦わされたが、性的な部分は作品にとって必須の要素であり、また自分たちがまだ体験する前の世界を描いているからこそ、今読む価値がある、という意見も出た。

 また、時代物が多い中で、ここで描かれる複雑で曖昧な愛のかたちが現代的だということを評価する声も多かった。愛自体はかたちのない不確かなものだが、体を傷つけるときの痛みはしっかり感じることができる。そういうものを求めてしまうメンタリティには共感が多かったが、小学校から十二年間女子校育ちの女の子はむしろ違和感を感じたようだった。

 水草君という人物の使い方に感銘を受けた者もいた。曰く、「『ねいろ』で千影さんとその彼がいて、そこに水草君という第三者がいることで千影さんの気持ちが変わっていくところが印象的です。文芸部の合評会で先生に指摘されたことがあるんですけど、私たちが書く小説って、大体一対一で話が進みがちだって。でも第三者を入れるとこんなに話って面白くなるんだ、と勉強になりました」。文芸部員ならではの感想だろう。

 原田マハ『ジヴェルニーの食卓』に関しては、「これを読むと美術館へ行ってみたくなる」という意見が非常に多かった。原田の旧作、『楽園のカンヴァス』を読んでいた者も多く、「美術館に行って、絵の横にこの人の解説があったら素敵だなあ」という意見も出た。表現、とりわけ比喩の美しさに対する称賛を集めた。また、両作とも、嘘と本当の組み合わせ方、どこまで嘘でどこまで本当なのかが全然分からないくらい巧みである、とも。

 湊かなえ『望郷』。湊作品は、『告白』をはじめ、もともと親しんでいる者が一番多かったようだ。本作は鬱々としているが、話のつくりのうまさと表現力とで最後まですっと読むことができたという。基本パターンを踏まえながらも、書き出しや形式を変え、各短篇でバリエーションを持たせる構成も高く評価された。地方の生徒にとっては舞台設定が身近で共感しやすく、目線が自分たち若者にとってもリアリティを感じやすかったとも。また、タイトルにあるようなノスタルジアとミステリー要素を巧みに組み合わせているところなどは、文芸部の生徒を驚かせたようだ。中でもとりわけ「みかんの花」の人気が高く、杜甫と李白の世界のように美しいと言った者もいた。

望郷湊かなえ

定価:693円(税込)発売日:2016年01月04日

王になろうとした男伊東潤

定価:726円(税込)発売日:2016年03月10日