各作品について各自が意見を述べ、議論を重ねる中で、最終的に二作が残った。伊東潤『巨鯨の海』と原田マハ『ジヴェルニーの食卓』とである。この二作に関しては、交わされた激論のほんの一部だが、高校生たちの生の声を聴いていただきたい。まずは『巨鯨の海』から。
A 『巨鯨の海』は説明臭いんじゃないかっていう意見がありましたが、この作品ほどうまく説明文を入れているものはないと僕は思うんですね。捕鯨に関して絶対に説明は必要だけれども、それが不自然な流れで入ってこない。ちゃんと周りと関連づけながら自然な流れで入ってくる。その説明自体がもう全体のドラマチックな中の一部として組み込まれている。たとえるなら『NHKスペシャル』の名ナレーションみたいに自然とフワ~ッと入ってくる(笑)。あと方言や、人物の動作で表現しているというのがまた非常に違和感なく受け入れられる。そうした描写の裏側で、書かれていない鯨の感情が伝わってくる。この本には擬音がないんですね。それなのに、なぜか鯨が暴れている音だとか、銛が刺さる音だとかが聞こえてくるような気がする。その意味で、これは「音の巨鯨」と言ってもいい。
B 僕は別の視点がほしかったと思います。その村以外の人から見た視点だとか、これは僕らの学校でも僕だけが言っていて、すごく批判されちゃったんですけど(笑)、鯨の視点が欲しい。鯨の感情が読み取れるシーンもあったんですけど、それは人から想像した鯨の視点じゃないですか。そうじゃなくて、鯨自身から見る人間の荒々しさをもっと書いてくれれば、鯨の愛情もまたいい具合に出るのではないかなあと思いました。
C 鯨の気持ちを直接!?
B でも、作家はみんな登場人物たちを想像して書いているわけだから、それと同じだと思います。
D でも、鯨と人間は違うじゃん(笑)。人間のほうがやっぱり感情は豊富。だからこそ書きやすいわけで、鯨で見ていくとさ、やっぱり限界がある。
E 鯨の感情とか書いちゃうと、鯨vs人間のバトル物みたいな展開になっちゃいそうな気がする。
B 狩られる側の視点があれば、それは悲しみにもなるから、バトル物一辺倒にはならないと思います。
A 『巨鯨の海』のよさは鯨の言葉がないからこそ出るんであって、人間には理解できない鯨の動作は書き込まれているじゃないですか。そこから鯨独特の感情がまさに滲んでいるというのがよさだと。
F マッコウクジラとか、セミクジラとか鯨の種類を分けてあるじゃないですか、あえて。確かに鯨って種類によって性格が違うんですよ(笑)。犬と同じで。何で鯨の種類があるのかなあと思ったら、人間と、登場人物と重ねて書いてある気がして。
一同 そこまで……。
F 私、調査捕鯨とか、そういう水産関係はちょっと調べてて、一つだけ欲を言うと、鯨の声より、日本の捕鯨の歴史からして、鯨を祀る描写が少ないから、そこが欲しかったなあと思いました。
鯨の声や鯨を祀る祭りなど、ないものねだりと言うべきだろうが、発想の斬新さは瞠目すべきものだろう。続いて『ジヴェルニーの食卓』。
G 「音の巨鯨」に対して、「目のジヴェルニー」という感じで、視覚表現がとても繊細で豊富で、光あふれる芸術家の見る世界というものを表して、僕たちに触れやすくしてくれてますよね。
H すごく印象的な譬喩があって、絵の具箱から絵の具のチューブを取り出して色を出していくところで、最後に「カンヴァスの表面をかすめて通り過ぎるツバメのように」とあって、こんなふうにたとえられるんだっていうのがすごく衝撃的でした。あと「エトワール」で踊り子のヌードを描いているところで、メアリーがちょっと批判的なことを言ったとき、「これは闘いなんだよ、メアリー」というドガのセリフがあって、そこに社会的背景がすごく表れていると思ったんですね。最初は受け入れられなかった印象派がたどってきた歴史に忠実だと思いました。短篇の一つひとつが充実していて、これ、例えばドガ一人に密着して、それだけを長編にするとたぶん読みにくくなると思うんですよね。この長さはちょうどいい。美術をあまり知らない人も手に取りやすいんじゃないかな。私もまた絵を見たくなりました。
A 絵の話がすごくたくさん出てくるので、絵そのものを知りたくなってしまう欲が働いて、かえって純粋にこの本を読む妨げになりませんか。どういう絵なのか、描写だけを聞いてもほんとは分かるはずないんですけども、どこかしらで見たような記憶があるから何となく分かる気がする。あるいは絵を見る前に先入観ができてしまうかもしれない。
B いや、もともと知らなくても、妨げにはならなかった。むしろ自分の知識欲を駆り立ててくれるし、それを知ることによって、また新たにこの本の面白さに気づいて、読み返したくなるという作品はほぼめったにないから、俺はこれを推したいです。画家にスポットライトを当てることで、また絵を見たときに感じるものも違うと思うし、絵よりも、画家に触れる機会のほうが少ないので、この本はそういう知識欲を駆り立ててくれる、そんな魅力があると思います。