小さな白骨が呼び覚ます、幼き日の罪と友情。集大成にして新たな代表作『琥珀の夏』にかける思い

作家の書き出し

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小さな白骨が呼び覚ます、幼き日の罪と友情。集大成にして新たな代表作『琥珀の夏』にかける思い

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

辻村深月インタビュー

――法子には幼い子どもがいますが、保育園に立て続けに落ちて焦っている。彼女の保育園問題も丁寧に描かれますよね。

辻村 読んでくださる時は、細かい仕組みはさておき、そうか保育園問題って大変なんだなというぐらいの気分で読み進めてもらえるといいのかなと思っています。

 最初の頃の打ち合わせで担当編集者に、「親が夢中になっているものに巻き込まれていく子どもの話にしたい」と構想を話したら、「そもそも親がずっと子どものそばにいるのは大変ですよね。保育園や、社会の仕組みにも頼らないと」と言われてハッとしたんです。子どもと別れて過ごすのは特殊な環境という認識だったんですけれど、保育園だって子どもを社会に預けるという点では同じですよね。なのに私の中で、そんな身近なものと書きたいテーマが結びついていなかった。おそらく法子もそうだろうと思って。子どもを預けなければ働けない、自分の育児に自信がないと思っている法子自身と、〈ミライの学校〉に子どもを預けたお母さんたちの間に差はあるのか。そこを炙り出して、彼女が気付かなければ駄目だなと、しつこく保育園のことを書きました。あれは自分だけでは出てこなかった視点なので、編集者に感謝しています。

――どうして法子を弁護士にしたのですか。後半、彼女がある人物から弁護の依頼を受けますが、それは最初から想定していたのでしょうか。

辻村 たとえば『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』のように主人公をライターという設定にすると、白骨死体のニュースを見た時にその人自身の野心が滲み出てしまう。専業主婦という設定にすると、〈ミライの学校〉にいたお母さんたちの現代版になってしまう。それよりも、仕事として事件に関わる形が自然だろうと思ったんです。はじめはそれだけで、その後の作中の裁判についてまでは考えていませんでしたが、結局法子は関わることになりました。

 そうなった時、「あ、裁判起こすとなると、話が長くなるのに……」と思って(笑)。それに裁判の準備について長々書くのは何かの焼き直しに過ぎなくなってしまいそうで、展開の仕方は悩みました。でも判決が出るところまで逃げずにきちんと書きたいし、読みどころはどうしようかと考えた時に、プロローグと同じように結末は足音が近づいてくるところから始めようと思いました。そこにどう緊迫感を持たせられるかは、もう、純粋に作家としての自分の筆力の問題だろうと覚悟して。

 実際に書いてみると、思ったよりも法子が冷静になってくれました。彼女もさんざん葛藤してきた後なので、もう自分の心の旅を終えているんですよね。それで揺らぐことなく、ああした言葉を言ってくれた。クライマックスに辿り着いて、はじめて浮かんできた台詞がたくさんあります。

――ネタバレになるので具体的に書けないのが残念です。辻村さんは結末を決めずに書くタイプと伺っていますが、白骨死体の謎の真相は事前に決めていましたか。

辻村 そこは何も決めずに(笑)。ミステリーのような吸引力を用意しておかないとみんな途中で退屈するだろうなと思い、冒頭ではっきりと謎を提示しましたが、見つかったのが誰の骨なのかは私も分からないまま書き始めたんです。

――それであの強烈でやるせない真相に辿り着くとは驚きです……。

辻村 私の場合、最初に細かい内容まで決め込んでしまうと、それ以上のものにならない気がして怖いんですよね。登場人物も、「こういう人です」と規定するとその枠をはみ出さなくなるので、事前に登場人物表も作りません。

いままでの積み重ねで、ここまで辿り着いた

――2009年に刊行した『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』の頃から母娘問題を書かれてきましたが、何か変化を感じますか。

辻村 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』で母娘問題はもう描き切ったと思ったんです。でもやっぱり汲めども尽きぬというか。あれはアラサーの子たちの話ですが、その後の人生にも母娘の関係はすごく影響を与えるなと思って、30代半ばの人の婚活を通じて『傲慢と善良』を書いたりして。

 今回の『琥珀の夏』では、母娘関係についても多面的に捉えられたのではないかと感じています。今まで「母親にこうされたから私はこうなった」と、問答無用に母親側を殴るようなものを書いてきましたが、ノリコと母親の関係性は、かわす言葉は少ないけれど落ち着いていて、互いを尊重したものです。これから、さらにいろんな書き方ができるようになっていくのかもしれませんね。

――デビューして17年ですが、執筆スタイルも変わりはないですか。

辻村 変わらないんですよね。いずれきちんとプロットを書く大人になる日が来るんじゃないかと思っていましたが、もうそんな日は来ないと分かりました(笑)。毎回無事に書き終えられるか怖いのですが、「今までもこれでなんとかなったし」という積み重ねで今日まで書いてこられたので、それを信じてやっていこうと思っています。

 ただ、自分の過去作を振り返ると、読者に分かってもらおうと、ひとつの真相や感情をいろんな言葉を使って詳細に説明しているんですよね。今はもう、端的な表現がひとつ入ればきっと届くと信じられるようになったので、書き込み過ぎなくなりました。

――以前、「ミステリー作家としては本家じゃなくて分家の気持ち」とおっしゃっていましたが、その気持ちに変化は?

辻村 私、悟ったんですよ(笑)。私はミステリー作家じゃなくて、「ミステリーファン」作家なんだろうって。

 新人賞の選考委員をやることが増えて、「ミステリー小説としては、ここは直さなきゃ駄目だ」みたいなことを偉そうに語る自分自身は、はたしてミステリー作家としてどうなのかと考えてしまって。その時、「いや、でもファンではある」と思ったんです。ミステリーファンは誰よりもミステリーに対してうるさく言っていいんだという気持ちになってから、ちょっと楽になりました。

 私が書いているものは本格ミステリーのど真ん中じゃないけれど、ミステリーとしてフェアでありたいなとは最初からずっと考えてきました。何が禁じ手なのかということや、謎を小道具として扱わないということは、意識し続けていますね。ミステリーとしてだけじゃなくて、ひいてはそれが小説としてもフェアなものを書くことに繫がると実感することも多くなりました。私は綾辻行人さんをはじめ、たくさんの素晴らしいお手本に触れてきた自負だけはあるので、それを下敷きにしている限りは大丈夫かなと思っています。

――辻村さんにとって、いいミステリーとは。

辻村 当たり前の話ですけれど、ちゃんと真相があるもの。読んだ時に著者が描きたかった真相はこの部分なんだろうなと読者に伝わるものですね。何か驚きがあったとして、その驚きのためにすべてが犠牲になっているミステリーではなく、謎の真相と書きたいテーマや思いが合致している小説が、私はミステリーとして一番好きです。『琥珀の夏』なら、第6章である事実が分かったときに、これが何を描こうとした小説なのか分かってもらえると思うんです。そこは大きな驚きだけれど話の入口でもある、という書き方ができたことで、自分の中では及第点をあげてもいいのかなと感じています。白骨死体の謎の真相については論理的な推理による知的解明ではないですけれど、〈ミライの学校〉の大人たちの振る舞い方などのすべてを伏線として提示できているので、自分が求めているミステリーにはなったかなと。

琥珀の夏辻村深月

定価:1,980円(税込)発売日:2021年06月09日

別冊文藝春秋 電子版38号 (2021年7月号)文藝春秋・編

発売日:2021年06月18日