狂乱のサスペンス・スリラー『邪教の子』。読者への信頼と恐れが、悪魔的サプライズにつながった

作家の書き出し

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狂乱のサスペンス・スリラー『邪教の子』。読者への信頼と恐れが、悪魔的サプライズにつながった

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

澤村伊智インタビュー

『邪教の子』の後半は、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」というテレビ番組からの影響も大きいですね。テレビ東京系で放送後、ネット配信もされて話題になった、世界中の危険な場所や仕事に関わる人たちの食事を見に行くドキュメンタリーです。ゴミの山の上で暮らしている少年とか、ガチのマフィアとか、それこそカルト宗教とか。ディレクターによる書籍もめちゃくちゃ面白くて、多分に影響を受けました。

――タイトルは最初からあったのですか。

澤村 最初の頃に軽い気持ちでテキストで打ってみて、「あ、たぶんこれだな」と思いました。今回は、タイトルが回収されていく気持ち良さには拘っています。パートによってはタイトルから話を広げていったところもありますね。

――まさに、途中で「うわ、タイトルの意味!」と思いました。と同時に、たしかに子どもは自分で宗教を選べるわけでもないし、親の信仰に人生を左右されるんだなとしみじみ感じて。

澤村 それはどの資料を読んでも必ず言及されることでした。子どもが一般社会から隔離されてまともな教育を受けさせてもらえなかったり、日常的に労働という名の虐待を受けていたりする。調べていく中で、真っ先に犠牲になるのは子どもだなと強く思いました。だから、新興宗教を扱うんだったら、やっぱり子どもがメインになる話を書いたほうがいいなと思いましたね。それで、今回はそれを前面に打ち出しました。

――澤村さんの作品は、家族が重要なモチーフになることも多いですよね。

澤村 いや、どうなんでしょう。自分ではそんなに意識したことはないです。話を普遍的にしやすくはありますが、あんまり家族ありきの結論にしてしまうのも安直だなと思っています。自分の家族観や家族像をダイレクトに反映させたこともないです。まあ、最近子どもが生まれたんで、これから書き方も変わってくるのかもしれないですけれど。

――おお。澤村さん、デビュー作の『ぼぎわんが、来る』では、SNSでイクメンぶりをアピールする男性を皮肉ってましたよね(笑)。

澤村 僕はSNSでは絶対子どもの話をしないって決めてます(笑)。匂わせもしない。子どもと一緒に幼児番組を見ていると面白いものがいっぱいあって、語りたくてしょうがないんですけれど、アピールだと思われたら嫌だから滅多につぶやきません。

――おや。ちょっと前まで、毎週日曜日の朝になると必ず「プリチャン」ってツイートしてましたよね。あれはアニメの「キラッとプリ☆チャン」のことですよね?

澤村 幼稚園から小学校低学年向けのアニメですね。あれは子どもが生まれる前から純粋に面白く見ていたんです。もう終わっちゃいましたけど、次のシリーズも楽しくつぶやいていきますよ。子どもが生まれてから見始めた「いないいないばあっ!」とか「キッチン戦隊クックルン」とかについても、本当は話したいことはいっぱいあるんです。「たんけんぼくのまち」のチョーさんが犬の着ぐるみに入っていたり、山崎まさよしさんや篠原ともえさんが声優をやっていたりして、同世代ネタをつぶやきたいけれど……。

現代を舞台にする以上、現実の問題からは目を背けられない

――ふふふ。『ぼぎわんが、来る』のイクメンもそうですが、澤村さんは現代社会の課題や、リアルタイムで話題になっていることをさりげなく掬いとりますよね。それは無意識のうちですか。

澤村 うーん、なんだろう。少なくとも、何かを訴えたい、みたいな感じではないです。娯楽小説において、僕の主張はメインに据えることじゃないだろうと思っています。どちらかというと、舞台が現代である以上、現実に起きている問題をスルーしちゃ駄目だろうなっていう感じでやってます。

――『うるはしみにくし あなたのともだち』では美醜の問題を扱っていますね。呪われて醜くなった人を悲惨だとせずに、それでも生きていくという話になっている。そういうところがいいなと思っていました。

澤村 ああ、ならよかったです。あの話は、「美醜とスクールカースト」っていうお題で書いたものだったんです。その手のテーマは慎重にならざるを得ないですね。社会的にジャッジするような視線が出ないように細心の注意を払いましたが、結局男性としての自分の立場が滲んでいるんじゃないかというのは、いまだに心配しています。

――編集者からお題をもらうことは多いのですか。『ししりばの家』も、「家モノで」という依頼で書かれたものでしたよね。

澤村 自分で決める場合と、「こういうのを書いてほしいです」と言われる場合と、半々くらいですかね。たぶんそのうち刊行されるであろう比嘉姉妹シリーズの新作長篇は完全に僕がネタを決めましたけれど。

――毎回テーマも切り口も異なりますが、ホラーとミステリーの融合加減が素晴らしいです。

澤村 それはもう、三津田信三さんの影響がでかいですね。三津田さんは厳密にいうと本格ミステリーとホラーの融合ですけれど。

 他にも、好きな作品にはホラーっぽい要素とミステリーっぽい要素の両方があるものが多いんです。それこそ京極夏彦さんの百鬼夜行シリーズもそうですし。自分が好きなものを踏襲したらこうなったという感じです。

――『予言の島』も横溝正史的な世界で怪奇現象が起きますが……あれはもう、びっくりしました。

澤村 あれは頑張ってミステリーとして最低限フェアにしようとはしているんですけれど、反則技ではありますよね。「はい、民俗ミステリーの好きな人来てください」って看板掲げておいて、ああいうひっくり返し方をしていいのかっていう葛藤はちょっとありました。まあ、「『獄門島』だって煎じ詰めればそういう話でしょ?」という言い訳が自分の中で成り立ってます。

読者の期待には、ベタとスカシの両輪で

――毎回、先行作品はどれくらい意識されるのでしょうか。

澤村 手に取ってくださる方が読んできたであろう作品は想定して書いていますね。たとえば、「ホラー好きなら『リング』は知ってるでしょ? これから『リング』っぽい話をしますよ」と最初に提示する感じです。本題に入る前に、良くも悪くも身構えてもらうんです。『うるはしみにくし~』なら、「今から楳図かずおっぽい話をしますよ」とミスディレクションする。もちろんそれは読者に楽しんでもらうための仕掛けです。

 昔、何かの評論で都筑道夫さんがクーンツのホラーに駄目出しをしていたんです。クーンツは、あれだけ引っ張っておいて最後に「はい、幽霊屋敷モノでした」って元ネタを明かす。その点キングは最初から「今から幽霊屋敷モノをやりますよ」とか「今から予知能力を持っている人の話をやりますよ」って前振りをしているから素晴らしい、と。確かに、最後の最後になって元ネタが明かされるのは興ざめですよね。だから、キングの手法を見習おうかなと思っています。

――澤村さんはホラーや怪談はもちろん、小さい頃からいろんなジャンルのフィクションに親しまれてきていますよね。デビュー前には、ホラー以外にもいろんなタイプの作品を書かれていたんですよね?

澤村 思いついたものを無節操に書いていました。いわゆる純文学や、近未来SF、ホラー、探偵が出てくるような話も書きましたね。そんな中でたまたま受賞したのが今はなき日本ホラー小説大賞だったんです。

――小説を書くきっかけは、社会人になってから、友人に知人の小説を読んでくれと頼まれ、感想を言うだけじゃ悪いと思って自分でも書いた、ということでしたよね。そこからいろいろ書き始めたそうですが、新人賞に応募しようと思われたのは。

澤村 長篇を書いたので、勤めていた会社の先輩に見せたんです。「すぐには読めない」と言われたわりにはすぐ返事がきて、丁寧な感想とアドバイスをもらって、おまけに食事までおごってもらって(笑)。で、これで終わりにするのももったいないから1回応募してみるか、と思ったんです。新人賞の募集を探してみたら直近で締切があったのが日本ホラー小説大賞でした。

邪教の子澤村伊智

定価:1,870円(税込)発売日:2021年08月24日

別冊文藝春秋 電子版39号 (2021年9月号)文藝春秋・編

発売日:2021年08月20日