狂乱のサスペンス・スリラー『邪教の子』。読者への信頼と恐れが、悪魔的サプライズにつながった

作家の書き出し

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狂乱のサスペンス・スリラー『邪教の子』。読者への信頼と恐れが、悪魔的サプライズにつながった

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

澤村伊智インタビュー

――そこで大賞を受賞した『ぼぎわんが、来る』がはじめての長篇だったわけですね。あんな面白い話をいきなり、すんなり書けたんですか。

澤村 長篇というより、短篇3つで構成するという考え方でした。だからこそ、いつか物語の構造に仕掛けのある小説をやりたいなと思っていたんです。それが今回『邪教の子』でようやくできました。

――『ぼぎわんが、来る』に登場する比嘉姉妹はシリーズ化されていますが、最初から続篇を想定していたんですか。

澤村 いや、全然。デビュー2作目については、担当編集者に「怖い小説を書いてください」と言われただけで、別にシリーズ化を提案されたわけではありません。僕が勝手に、せっかくだし続篇を書こうと決めました。

 当時、僕はライターとか映像編集の仕事をしていたので、出版社から小説執筆という大口の依頼を受けたという感覚だったんです。それで、商業的にも成功しそうなことを考えたという感じでしょうか。

 2作目の『ずうのめ人形』で『リング』を意識したのも、そうした考えがあったからなんです。幸いデビュー作をある程度評価していただいたので、続篇で「『リング』っぽいのをやります」と言ったら、『ぼぎわん』を読んでくださった方にも喜んでもらえるかなと思って。商業作家としてデビューさせてもらった以上、作品であると同時に商品なわけで、やっぱり売れる努力はしなきゃいけない。ツイッターで積極的に発信するとかいうことではなく、小説の内容で、いい意味で“ウケ狙い”はしていかなきゃなっていう。でも特に壮大な計画があったわけではないので、毎回必死で絞り出しています。

――ウケを狙うとは、決して読者に媚を売ることではないですよね?

澤村 それは違いますね。「ほら、こういうのが好きなんでしょ?」というのは不誠実ですよね。結局、自分が本当に好きなものとか、書きたいものとか、書かなきゃいけないってものを基盤にしないと、読み手にはすぐ伝わってしまう。そういう点で読者を信頼しているというか、恐れています。

――澤村さんの小説は、「こういう話かな」と思ったら全然違ったりと、どこに連れていかれるか分からないスリルも魅力ですが、それは意識されていますか。

澤村 最近は、ベタとスカシのバランスを考えています。去年から、ありがたいことに光文社さんのアンソロジー「異形コレクション」に参加させてもらっていて(『ダーク・ロマンス』、『蠱惑の本』、『秘密』)。あれは変な小説でもOKなんですが、毎回お題がある。お題がある以上はそこに沿わなきゃいけないけれど、他の執筆者と被らないように若干外す必要がある。でも、そのお題に惹かれた読者もいるから、直球ベタなことも考えたい。アンソロジーに限らず、読者がパッケージやタイトル、あらすじを見て「こういうのが読みたい」と思った気持ちに応えるように、真正面から攻める勇気も必要だと思うんです。

 若い頃に読んだ「異形コレクション」3作目の『変身』に収録されている、久美沙織さんの「森の王」という短篇がめちゃくちゃ面白かったんです。窮地に陥ったある人物が変身するというベタな話なんですが、メタモルフォーゼのシーンがすごく格好良かった。「変身」という言葉から期待されるものがちゃんとあったんです。その後しばらく久美さんの短篇集をばんばん読みました。

 今回の『邪教の子』では、ベタとスカシを両輪のバランスをとって走らせようと思いました。サプライズもあるけれど、分かりやすいカルトが出てきたりして、ベタもありますよ、という。

――澤村さんってお題を与えられたら、いろんなものが書けそうですね。サスペンスやミステリーはもちろん、コメディホラーとか。

澤村 ああ、依頼がきたら書くかもしれないですね。実際デビュー前にバナナマンのコントみたいなコメディを書いたことがありますよ。今でも着想の源泉としてコントなどのお笑いを参考にすることはありますし。でもコメディホラーを書くなら『死霊のはらわた』か『ブレインデッド』くらい面白くしないと(笑)。

――お笑いもお好きですか。

澤村 東京03や、最近なら空気階段のコントのDVDを見たりしますよ。「有吉の壁」も毎週見ています。視聴者として純粋に楽しんでいるんですけれど、ちょっと着想をずらせば小説になるな、などと考えることもあります。一番参考になるのはバナナマンで、そのまま小説にできそうなコントが多いですね。

 違うフィールドで頑張っている人を見ると元気になるんです。特に、肩の力が抜けているタイプが実は真面目にやっているのが分かる瞬間はテンションが上がりますね。バカリズムはインタビューだといつもはぐらかすんですけれど、絶対お笑い大好きだって分かるんで、そういうのを見ると自分も頑張ろうと思います。

ホラー作家として、差別意識の問題には他人事ではいられない

――昨今のホラーについて思うことはありますか。以前、日本ホラー小説大賞の受賞作は読んでいるとおっしゃっていましたよね。その後、横溝正史ミステリ&ホラー大賞に統合された後も読まれているのでしょうか。

澤村 全作は押さえていないけれど、パラパラと見ています。傾向として、土俗的なホラーが増えている印象ですね。選考委員の辻村深月さんも選評で「近年、田舎を田舎というだけで何が起こっても許される装置として乱暴に描いてしまう応募作が多い」と書かれていましたが(※「小説 野性時代」2020年9月号)、僕も同じ問題意識を明確に感じています。

 最近、ネットなどを見ていても、やっぱり映画『ミッドサマー』が流行った頃から土俗的な作品へのカウンターの意見が出始めているんですよね。「結局それって田舎をバカにしてんじゃないの?」という。感度が高い人ほど、たとえば横溝映画が全盛期だった70年代とは違って、異文化を恐怖の対象として扱う作品を無邪気に楽しんではいられないという意識を持ち始めている。

 僕自身、そうした問題意識はこれまでも作中に反映させてきたつもりですが、今後ますます強くなっていく気がします。土俗的なホラーや、民俗ミステリーを敢えて今やることについては、改めて真剣に考えないといけないですね。

『予言の島』でも、「それって結局オリエンタリズムでしかないんじゃないの?」という異議申し立てを忍ばせたつもりです。『予言の島』は単なる嫌味でしかなかったんですけれど、次はもうちょっと洗練された形で出せたらいいなと思っています。『邪教の子』でも、カルトや土俗的な風習を持つ人々を異物として描かないという点は意識したところです。

 特定の人種や民族、地域への不安や恐れが差別感情に至るという構造については、精査しなければと考えています。ラヴクラフトが人種差別主義者だったのは有名な話ですよね。作品の評価とは別にして、今あの感覚で書いちゃ絶対に駄目だと思う。僕もホラーからデビューした身として、そのあたりには無神経でいられないという責任を感じています。

――今後のホラーについて、すごく頼もしい言葉を聞けて嬉しいです。さて、『邪教の子』以降は、どのような刊行を予定されているのですか。

澤村 今年の10月に幻冬舎から連作短篇集が、その後KADOKAWAから書き下ろしで、比嘉姉妹シリーズの長篇が刊行される予定です。長篇は、映画『エルム街の悪夢』をリスペクトした話になると思います。監督のウェス・クレイヴンは『スクリーム』なども撮っていますが、僕は彼から大きな影響を受けているんです。

撮影:佐藤亘


さわむら・いち 1979年大阪府生まれ。2015年に『ぼぎわんが、来る』(受賞時のタイトルは「ぼぎわん」)で第22回日本ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞しデビュー。同作は18年、『来る』のタイトルで映画化。19年、「学校は死の匂い」で、第72回日本推理作家協会賞【短編部門】受賞。他の著作に『ずうのめ人形』『などらきの首』『ししりばの家』『予言の島』『うるはしみにくし あなたのともだち』『ぜんしゅの跫』などがある。

邪教の子澤村伊智

定価:1,870円(税込)発売日:2021年08月24日

別冊文藝春秋 電子版39号 (2021年9月号)文藝春秋・編

発売日:2021年08月20日