ヒット連発中! 浅倉秋成が語る「絶対読んでしまう物語」の極意とは?

作家の書き出し

作家の書き出し

ヒット連発中! 浅倉秋成が語る「絶対読んでしまう物語」の極意とは?

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

ある日突然、殺人犯に仕立てあげられたら

――新作『俺ではない炎上』、ものすごく面白く拝読しました。大手ハウスメーカーの営業職、山縣泰介がSNSで女子大学生殺害犯の疑いをかけられ大炎上。泰介の逃亡劇が複数の視点から語られていきます。ネタバレを避けつつお話をうかがいますが、まず、アイデアはいつ頃からあったのでしょうか。

浅倉 結構前、それこそ『六人の噓つきな大学生』を書く前から「ネット炎上逃亡劇」というアイデアだけはありました。一回特殊設定を排したものを書いてみよう、というアイデアの中のワンピースで、内容はまったく決めてなかったですが。

――ネット炎上に関しては以前から関心があったのですか。

浅倉 ネットの炎上もそうですし、それ以外にもなんとなく、「私、悪くない」「俺、悪くない」という傾向が気になっていたというか。何かトラブルが発生した時に、原因を自分に帰属させるのって難しいなって思うんです。「ごめん、これ俺の責任だ」ってなかなか言えないじゃないですか。そういうことを自分だったり、身近な人だったりに感じることがあり、ネット上でもそれが加速している印象があって。それで、だいぶ前から書いてみたいなという気持ちがありました。

――逃亡劇という設定については。

浅倉 逃亡劇自体への興味というよりは、作品のテンションを持続させる方法のひとつとしてやってみました。『六人の噓つきな大学生』を書いている時、僕はあの謎が最後まで読者を牽引するほどの力を持たないんじゃないかという不安があったんです。「誰が内定を取るのか」とか「誰が犯人なのか」っていうのは、謎として弱いんじゃないかという思いがありました。結果としては多くの方に楽しんでいただけたんですけれども。あれが密室の会話劇だったので、今度はもっと動的な話にしようと考えました。このコロナ禍のご時世のなか、マスクなしで縦横無尽に外を走り回る話は楽しそうじゃないかな、という下心もちょっとありました(笑)。

――容疑者となる主人公を50代の会社員にしたのはどうしてですか。

浅倉 これまで自分が書いてきた主人公は高校生だったり就活生だったり、自分の手に収まる人たちだったので、手に収まらない人を書いてみたかったんです。それに「これは俺ではない」という主張って、子供より大人が言うほうがより悲しいですよね。

――でも山縣泰介は「いい人なのに疑われて可哀相」と思わせるような人ではなく、部下にも厳しくてちょっと嫌な奴の印象ですね。

浅倉 実際にこういう人っているなっていう。それと、たとえいい人でなくても、ここまで追いつめられることはないんじゃないかと思わせる状況にしよう、というのは初期設定からありました。最初はもっと格好悪かったんですよ。たとえば逃げ始めるシーンで、スマホが逆探知されないように壊そうとして壊せなかったりして、もっとダサいおじさんだったんです。非常時に冷静に動けない人間らしさって僕はわりと好きなんです。みんな、自分はもうちょっとスマートに動けると思っているんですよね。だから他人の行動を見て「こうすればいいのに、馬鹿なの?」って言うけれど、いざ自分が当事者になると人はそんな冷静になれないし、いろんな要因があって思う通りに動けない。そこを書こうとしたんですが、とはいえ最初は主人公があまりにも間抜けすぎたので、ちょっとだけ格好よくしました。

悪意なき加害者たち

――それにしても、殺害をほのめかしたアカウントは泰介のものとしか思えないし、自宅からは新たな死体が発見されるし、もう絶体絶命の状況ですよね。

浅倉 現実世界の炎上って、何人かは冷静に見ている人がいるんですよね。逆張りかもしれないですけれど。そういう、逆に張る人でさえ、「これはガチの犯人だ」って思うところまでもっていくのが目標でした。

――山縣泰介のほかに、視点人物が複数登場しますね。

浅倉 炎上の外から見ている人、中から見ている人、身内から見ている人を書きたかったんです。それに、自分に問題の発端を帰属させて「これ、俺が悪かったのかもしれない」と気づく人が出てくるかどうかにテーマ性があると思ったので、複数人がそれぞれ「自分は悪くないよね」と思いながら動く部分を書く必要がありました。

――冒頭から登場するのは泰介とはまったく関係のない大学生、住吉初羽馬。社会派サークルのリーダーですが、言っていることはやや薄っぺらいですよね。

浅倉 世代間対立みたいなものをちょっとだけ入れたかったんです。自分が今生きづらいのは他の世代のせいで、「自分は悪くない」という主張ってよく見かけますよね。親ガチャという言葉が流行った時、もちろん本当に虐待を受けていたり、親のせいで人生が損なわれている人はいるんですけれど、そういう人たちとはまた別に、「自分が今辛いのは親のせいで自分は悪くない」と言える気持ちよさに飛びついた印象の人も見かけました。そういうことがひっかかっていたので、初羽馬という、問題を自分以外の誰かのせいにして斬っているだけという、あまり格好よくない男の子を話のスタートに持ってきました。

――本人は格好いいつもりでいるという。

浅倉 そうですね、サークルの朝の集まりを「モーニングセッション」って言ったりして(笑)。でも確かにお洒落だし、ちゃんとイベントも開いているんだから大したもんです。僕じゃ絶対できない。声を上げないより上げたほうがいいと思いますし、そこに対するリスペクトはあります。あるんですけれど、この声の上げ方で誰に伝わるんだろうっていう。本人たちも、実はどこにも届かなくていいと思っているんじゃないかなって思わせる瞬間がある。声を上げている自分がいいだけであって、本当にそれを届けるために頑張っているわけじゃないんじゃないか、という気配は書きたかったところです。

――初羽馬は泰介のアカウントの殺人報告をリツイートした一人にすぎないのですが、ひょんなことからこの事件に巻き込まれていく。

浅倉 泰介はあまりネットを見ないから、当初は、自分が炎上しているということにピンときていないし、そもそも炎上の怖さがわかっていない。一方で、初羽馬はネットを大したものだと思っている人間です。ネットって早押しゲームみたいなところがあって、うまいことを、スピーディーに言うことによって自分に称賛がかえってくる。初羽馬はその誘惑に負けているわけですが、本人にその自覚はないんです。

 実際、冷静な人でも、そして、炎上や誹謗中傷に直接関わっていなくても、イジメに手を貸してしまっていることってあるんですよね。たとえば、ニュース番組に映った一般人の画像をフリー素材みたいにバンバン使って遊んでいる人っていますよね。そういう素材に使われてTwitterをやめちゃう人だっているのに、遊びに参加した人たちは、その人の人生を壊した自覚なんてない。そういう世の中に、ちょっと意地悪な視線をぶつけたいなと思った節はあります。

――他にも泰介の娘の夏実や、刑事の堀健比古の視点がありますね。夏実は、小学生なのにネットで知り合った男性に会いに行ったことで泰介に大激怒され、それ以来、父娘の間には溝ができている様子で。

浅倉 これは、ませた子じゃなくても起こりうることだと思うんです。小学生が出会い系サイトを使ったというと、世間は「アバズレ」みたいな反応をすると思うんですね。でも実態は、真面目な子でもスモールステップで気づいたら段階を越えていた、ということはあると思う。穴に落ちてから「あれ、これやっちゃいけないことだった」と気づくんですよね。

 じゃあどうすればよかったのかは、父親である泰介にもわからない。「反省しろ」と言うけれども、何もわかっていないんです。そうしたことはたぶん、この物語全体に通底しているのかなと思っています。

別冊文藝春秋 電子版44号 (2022年7月号)文藝春秋・編

発売日:2022年06月20日