登場人物それぞれに感情移入してしまう
——ところで、本作のスピンオフを書かれたそうですね。
凪良 『小説現代』22年10月号に北原先生が主人公の短篇が掲載される予定で、今後は他の登場人物視点の作品も書くつもりです。
——ああ、それは楽しみです。もっと彼らのことを知りたいと思わせるのって、それだけしっかりキャラクターが作りこまれているからですよね。それぞれの登場人物の設定や性格は、どこまで深掘りされているのですか。
凪良 書き始める前にある程度は作りこむのですが、執筆を進める中でいつも「あ、こういう人なんだ」という発見があります。その人になりきって書くので、つらいシーンを書く時はえぐられますね。
——憑依型なんですね。暁海や櫂のお母さんたちにもなりきっていたんですか?
凪良 そうですね。今ふと思ったのですが、私がなぜ「こいつは悪い親だ」と断罪しないのかというと、書いているうちにどうしても感情移入してしまうので、彼女たちの人生を肯定したくなってしまうのかもしれません。たとえば、櫂のお母さんの視点に立つと、確かに客観的には愚かな母親ではあるんだけれども、それでも彼女なりにたしかに感じている櫂への愛情が、自分ごととして実感できるんですよ。
——それだけ登場人物ひとりひとりに思い入れがあると、気持ちの切り替えに相当集中力が必要そうですね。
凪良 それはもう、日々あがいています。執筆環境に少しでも変化をつけねばと、様々な方法を試したりして。音楽を聴きこんだり、お香を焚きしめたり、全部カーテンを閉めて真っ暗にしたりとか。
書きたいことは尽きない
——凪良さんはもともと二次創作を書かれていたそうですが、その頃から執筆スタイルは変わられたのでしょうか。
凪良 そうですね。私はもともと小さい頃に漫画を描いていたのですが、しばらく創作から離れた後、『銀河英雄伝説』の二次創作として、小説を書き始めたんです。書いているうちにもともとの設定から離れて、どんどんオリジナルのストーリーになっていって。
——二次創作ではなくオリジナルのBL作品を書き始めた頃、編集者にすごくしごかれたとおっしゃっていましたよね。
凪良 私がBLを読み始めた頃は、「JUNE」とか「やおい」とか呼ばれるような、耽美でシリアスな作品が多い時代でした。それが、商業誌で執筆を始める頃にはもう、ジャンル全体がボーイズラブという名称に変わっていて、明るく楽しく、主人公カップルはラブラブで、といった作品が人気になっていました。担当編集さんから、「今のボーイズラブ業界とは」というレクチャーを受けましたよ。ジャンル小説だということもあり、ハッピーエンドでなくてはいけないとか、女性キャラクターを出しすぎないといったお約束がたくさんあるんです。その中で、自分が伝えたい思いも織りこむという技術を学びましたね。
——BLレーベルではない、「講談社タイガ」から執筆依頼があった時はどうだったのですか。
凪良 それまで「タイガ」から刊行されていた作品を参照して、最初はミステリー小説のプロットを編集さんにお渡ししたんです。そうしたらレーベルの雰囲気に無理に合わせなくていいと言っていただけて。そこではじめて、何の制約もなく、自分が本当に書きたいものを自由に書くという経験をしました。そうして生まれたのが『神さまのビオトープ』でした。
——そこからさらに作品の幅を広げられ、『流浪の月』では本屋大賞も受賞されて。お忙しいと思いますが、凪良さんは毎回、相当推敲をされるそうですね。
凪良 文章で引っ掛かりをつくりたくないので、書いた文章を声に出して読んで、突っかかったところは必ず直すようにしています。だから、読者さんから読みやすいって言ってもらえるのは嬉しいですね。ただ、そこがコンプレックスでもあって。私はどこかで、難解な文章のほうが文学的価値が高い、みたいな呪いにかかっているのかもしれません。
——この先はどんなものを書いていきたいですか。
凪良 BLも、そうでないジャンルの小説も、自由に行き来していたいです。「美しい彼」シリーズといった、今までのお仕事の延長線上にある作品も楽しいですが、新しいこともしたい。
——新しいこと、とは?
凪良 制約がなく何を書いてもいいというのは、私にとってはいまだにものすごく新鮮なことで、ワクワクドキドキできるんです。書きたいことはいっぱいあるし、それを書ける環境があるというのは、すごくありがたいですね。
——では、今後の具体的なご予定は。
凪良 『小説現代』10月号に掲載される短篇の後は、「美しい彼」シリーズの続篇に着手します。『小説現代』にまた『汝、星のごとく』のスピンオフをいくつか書いて、いまお待たせしている出版社から作品を刊行できたら、コミカルなものにもチャレンジしてみたいです。
撮影:深野未季
なぎら・ゆう 作家。京都市在住。2006年、BL作品でデビュー。「美しい彼」シリーズ(21年ドラマ化。22年に映画化決定)など著書多数。17年、非BL作品『神さまのビオトープ』、翌年『すみれ荘ファミリア』刊行。20年、『流浪の月』で2020年本屋大賞受賞(22年、映画化)。21年、『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。22年8月、2年ぶりの長篇『汝、星のごとく』を上梓。
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