小説は、作者の手から離れて面白くなる
——一穂さんは大学時代にサイトで二次創作を書き始め、社会人になって同人誌に参加していたところ、編集者から「オリジナルを書いてみませんか」と声をかけられたそうですね。現在、二次創作は書かれていますか。
一穂 書いていないです。やっぱり脳のリソースには限界があるんですよね。オリジナルの創作のほうに完全に意識が向いていて、振り分けられない感じです。本来の仕事をしつつ、ちょこちょこ同人誌を出されている作家さんもいらっしゃるんですが、すごいなと思っています。
——オリジナルの創作の際、ゼロから舞台も人物も自分で作る面白さって、やっぱり感じますか。
一穂 毎回、面白い経験をさせてもらっていると感じます。登場人物に関しても、依頼をいただかなければ、こうした人たちのことを考えなかったなと思うんです。逆にいうと、自分は自発的に「これが書きたい」というタイプではないので、依頼をいただいて考えた時に、自分の中から全然知らない人格の人だったり、ストーリーだったりが出てくるのが不思議で面白いなと思っています。
——BLと非BLでは、執筆の際になにか違いはありますか。
一穂 BLのほうが、オーダーをいただいても「はい書きます」とはなかなかなれないんですよ。自分のテンションが上がらないと書けない。一応スケジュールを決めていただくんですけれども、こういう属性の男性とこういう属性の男性っていうところで私自身が本当にウキウキしてないと書けないんですよね。それこそ理屈だけで書くと、読者にもすぐ噓だとばれちゃう。
なので、BLは自分ファーストじゃないと書けない。結果、読者がそれに萌えるか萌えないかっていうのはもう、好みの問題だと割り切っています。
——締め切りが決まっているのに属性が浮かばない、となると大変ですね。
一穂 そこはもう頑張るしかないですね。日頃からなんとなく萌えた瞬間みたいなものを溜めておいて。「あの時のあれ良かったな」みたいな感じの燃料をストックしておくんです。どんなに燃料があっても、火種がないとなかなか難しいんですけれど。
——非BL作品に関しては、火種や燃料のストックはどうされているのですか。
一穂 日々新聞とかを読んで、ちょっと心に引っかかったものをメモしておくとか。あとは編集さんにオーダーをいただく際に、「こういう感じの小説が読みたいです、なぜなら一穂さんの魅力はこういうところなので」みたいに言われ、まんまといい気になって書くことが多いですね。
こちらの場合は、オーダーしてくださった編集さんに、まず一番に面白く読んでほしいなという気持ちになります。といってもそんなに器用ではないので、ご希望いただいたものと自分の興味や関心をすり合わせてなんとか書く、という感じです。
——一穂さんの作品は登場人物がみんな魅力的ですが、血肉のある人間って、どうしたら書けると思いますか。
一穂 自分でコントロールしない、それにつきると思います。メタ的な話をすれば、ある程度起承転結を決めておかないと物語は破綻するんですけれども、かといってガチガチに作って、そこにはめ込んで人物を計画通り動かすと、読者にとっては、あらすじのために言わされた台詞とか、あらすじのために用意された行動、という印象になりがちな気がします。
私は漫才が好きなんですが、舞台を踏みすぎるとネタが仕上がっちゃう、と芸人さんが言っていたことがあって。たしかに漫才って構造的に矛盾をはらんでいて、稽古しないと憶えられないけれど、稽古しすぎるほどに面白くなくなっていくところもある。
もちろんその都度アドリブを加えたりお客さんをいじったりするんですが、突然なにか馬鹿なことを言い出す感じが面白いのに、それが最初から用意された台本に見えた瞬間、滑稽さが別の方向にいってしまう。それが、今お話ししたコントロールの話に似ているなと思います。
——今後のご予定を教えてください。
一穂 2023年に講談社さんから、いままでアンソロジーとかに書いてきた短篇をまとめたものを出しましょうと話しています。あとは雑誌の短篇もいくつか決まっていて、まずはそれをひとつずつ頑張っていきたいなと思っています。
いちほ・みち 2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされ話題となった『イエスかノーか半分か』などボーイズラブ小説を中心に作品を発表して読者の絶大な支持を集める。21年に刊行した初の単行本一般文芸作品『スモールワールズ』が本屋大賞第3位、吉川英治文学新人賞を受賞したほか、直木賞、山田風太郎賞の候補になるなど大きな話題に。主な著書に『ふったらどしゃぶりWhen it rains, it pours』、「新聞社」シリーズ、『パラソルでパラシュート』、『砂嵐に星屑』(山本周五郎賞候補)など。22年11月、最新刊『光のとこにいてね』刊行。
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