昨年の高校生直木賞を受賞した『くちなし』は、幻想的な設定で、一筋縄ではいかない様々な愛の形を、繊細に描いた短篇集。その著者である彩瀬まるさんのトークイベントが、今年の本選考前に行われた。五時間に及んだ昨年の選考会では「他のどの本にもない世界観」「理解が及ばないものに攻撃ばかりする世の中だからこそ、読んでほしい」という声が上がった『くちなし』。その世界観や執筆の過程、さらには、“愛”の概念について――高校生たちの質問に、彩瀬さんが答えた。(聞き手・『くちなし』担当編集)
高校生から彩瀬さんへの質問
彩瀬 昨年の選考会に参加された方、そして『くちなし』を読み解いてくださった皆さん、ありがとうございました。『くちなし』は、ストレートな恋愛小説からは少しねじれたテーマの短篇集ですし、他の候補作を伺うとより娯楽性の高い作品が多かったので、高校生直木賞に選ばれることはないだろうと思っていたんです。だから、ノミネートされたことも忘れていて、受賞の電話がかかってきたときは、何か締切を忘れていたんじゃないかと、謝りながら電話に出ました(笑)。
今回、事前にいただいた質問の中に「高校生は、『くちなし』のどんなところに共感したのだと思いますか」というものがあったのですが、それは私が皆さんに聞いてみたいくらいです。
――今回は、高校生直木賞に参加する皆さんに、事前に質問を募集しました。たくさんの質問が届いているので、彩瀬さんにどんどん伺っていきたいと思います。
『くちなし』は独特の世界観が印象的でしたが、その世界観はどのようにして創り上げられたのでしょうか。人間に虫が寄生していたり、人間が産卵したり、人間が鳥や獣に変化するなど、現実の人間ではありえないような人間を描くのはなぜですか。
彩瀬 私は、デビュー作「花に眩む」で、人の肌に植物が生え、肉体からエネルギーを吸い上げて植物が茂っていくことが人間の老化を表すという世界を書いていたんです。でも、そういう日常から大きく乖離した幻想的な作品は、読み手に負荷をかけ読者を選ぶ、と言われて、しばらくは書くのはやめていたんです。今回、「好きなものを書いていい」と言われて、満を持して書いたのが『くちなし』でした。
物語の作り方としては、まず、普通の話を書くのと同様に、何か自分が日常で感じていること――それは、違和感であったり、なぜこうなるんだろうという疑問だったり、これが辛いからこう変わってほしいということであったりするのですが――そういうモチーフを、より目に見える形、より伝えやすい形に変換しようとして、こういう変わった設定を考えていました。