高校生は『くちなし』のどこに共感した? 高校生直木賞 前回受賞者・彩瀬まるさん講演会レポート(1)

高校生直木賞

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高校生は『くちなし』のどこに共感した? 高校生直木賞 前回受賞者・彩瀬まるさん講演会レポート(1)

文: 「オール讀物」編集部

第5回 高校生直木賞全国大会

『くちなし』(彩瀬まる 著)

――去年の選考会で特に盛り上がった議論の一つが、「薄布」についてでした。「薄布」は、美しい難民の男の子で「人形遊び」に耽る女性たちを描いた作品ですが、ある学校では、校内の予選会で男子と女子の意見が真っ二つに分かれて論争になったそうです。

 これはその男子側からの質問なのですが、「『薄布』は、どうしても生理的に受け入れられませんでした。女子からは、男と女を逆転して考えるように、また、どこがいけないか説明してほしいといわれましたが、“生理的に”としか言い様がありません。お人形遊びだなんて、弱い相手にどうしてあんなことをしたのですか?」。

彩瀬 すごくヴィヴィッドで、いい意見ですね。この質問は、二重の意味合いで拒否感を伝えてくれたのだと思います。まず、なぜ作中で誰かが誰かの人権を侵害するようなシーンを書いたのか。もう一つは、そもそも、なぜ読み手が不安になったり、不快に感じるような辛いシーンを書くのか。

 まず一つ目についてですが、それは、実際にこういう人権侵害が社会で起きていて、それに目線を配らないことのほうが危険だと思うからです。「薄布」は一貫して加害に関する話、しかも自覚していない加害の話なんですね。たとえば、高度経済成長期、日本のビジネスマンが物価の安い国で、若い女の子を買う売春ツアーに行っていたことが社会問題になりました。そういうツアーに参加する人たちを、道徳を全く理解しない、気持ちの悪い人だという括りにしてしまえれば楽なんですが、社会問題になるほどたくさんの人が参加したということは、そんな簡単な話ではなく、一つの集団の中で何かのモラルが失われたときに、それが集団に伝播してしまう、その現象について考えなければならないのだと思いました。

「薄布」を書くときにもう一つ意識したのが、ナチスドイツによるユダヤ人迫害です。あるドキュメンタリー番組で、第二次大戦中にドイツが豊かになったことに、果たしてドイツで普通に暮らしてる人たちは疑問を持てたのか、自分たちが他人の富を奪って潤っているかもしれない可能性に対して、人は自覚的になれるのかという切り口の特集をしていたのですが、この番組の最後に印象深いシーンがありました。戦後、ドイツで暮らしていた人たちがユダヤ人の強制収容所を見に行くツアーがあったんです。その中で、ドイツの方は、自分たちが何かを奪って富んだということを知らなかったと言いました。それに対して収容所の案内をしているユダヤ人が、いや、あなたたちは知っていたはずだ、と言うんですね。私は、この「知っていたはずだ」というのも、「知らなかった」という気持ちも、恐らくどっちも本音だと思うんです。自分が加害者であっても、その加害性を即座に理解できないかもしれないということ。さらに、自分がモラルの崩壊した場所にいるとわかったときに、その状況下で何かできるんだろうかということを、「薄布」を書きながら考えていました。

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くちなし彩瀬まる

定価:本体1,400円+税発売日:2017年10月26日