結末は決めずに書いた
たとえば、『くちなし』収録の短篇「花虫」は、人間の体内に人間の意志を操っている虫がいるのではないか、という話で、それを受け入れられる登場人物もいれば、受け入れられない登場人物も出てきます。これは、カマキリに寄生するハリガネムシからアイディアを得ていて、ハリガネムシは、カマキリの体中に入って、カマキリの脳を操作して水辺に連れて行き、産卵に利用するんですよ。これをテレビで見た時は気持ち悪いと思ったんですけど、同時に、同じようなことが人間に起こってもそんなに驚くことではないと思ったんです。寄生されたカマキリを哀れに思うけど、カマキリにとってはそれが気持ちいい状態かもしれないし。そういうことを考えていくうち、私たちの意思は本当に私たちが決めているのだろうかということを考えてみたくなって、結末は決めずに書き始めました。ハリガネムシから100%着想を得てるわけではなくて、その前提に、「意思は誰が決めてるのか」というもやもやしたものがあって、そこにハリガネムシという素材が与えられたときに、これならうまく書けると、かちっとはまる瞬間があったんだと思います。
人間の細部を少し変えて、実際の世界の人間と対比させることで何か見えてくるものがあるんじゃないか。人間の端々をこねくり回すことで、私たちが普通に生きていて見えないことが見えるようになったらいいなという期待を持って、こういう書き方をしました。
――収録作の中で「愛のスカート」は、幻想的な設定はなく、現実世界のことのみで書かれていますが、この作品はどのように生まれたのでしょうか。
彩瀬 これは、たしか四番目に書いた作品なのですが、それまでわりと派手な奇想の物語を書いてきて、それだけで一冊の本にしてしまうと、ただの異世界の話になってしまう。私たちの現実と地続きの話を一つ入れることで、その現実も、たくさんある世界の在り方の一つかもしれない、私たちも何か変化し得るものなのかもしれないと思えるような作品になるように書きました。あとは、もう奇想のストックが全然なくて、頭を楽にしたくて書きましたね。
――「愛のスカート」は、悩まずにさらっと書き上げられたと話していましたよね。原稿をいただいた時、「このあいだ、素敵なスカートを買ってテンションが上がったんですよ」ともおっしゃっていて。何かもやもやと捉えていたものが、ハリガネムシという設定を得てテーマを深める方向に結びつく時もあれば、その時の気分がそのまま形になることもあるんですね。
彩瀬 『くちなし』の中で初めに書いた「けだものたち」は、男女の世界が昼と夜で分離している世界の話ですが、これは、ラブストーリーとして幸せな、愛が成就する話としてイメージしたんです。だから、それ以降の話はすべて、成就しない愛をテーマにしていました。成就しなかったら不幸だというのは変だ、成就しなくてもよい着地点はあるはずだと思っていて、様々な関係性を模索しました。あとは、高いスカートを買ってテンションが上がっていたので、もうスカートの話でいこうと思って。もっと堅実な書き方をされている作家さんもいると思うのですが、私はけっこう行き当たりばったりに書いています。