ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(後篇)

作家の書き出し

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ブレイクスルー、その秘密は破壊と創造──芦沢 央(後篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

一作につき10冊以上の創作ノート

――発想の豊かさに圧倒されますが、アイデアは書き留めておくのですか?

芦沢 いろんなアイデアをノートにメモしてます。でも、変なところで思いついたりするので、スマホのボイスメモにすごい物騒なことをボソッとつぶやいて、それをメールに転送して後でノートに書いたりもしています。

 書き留めるのは、動機に関わることが多いですね。何か美談っぽい話を聞いた時に、「でも誰かの心の中で踏みにじられているものがあるんじゃないか」と感じたり、引っかかることってあるじゃないですか。ニュースを見たり、人の話を聞いたりして「なんか気になるな。なんだろうな」と思った時点でまずメモに残して、その後ずっと考えます。だから、アイデアの種みたいなものを見つけてから物語にするまで結構熟成させる時間がかかることが多いですね。「これはまだ機が熟してない」というものがいっぱいあります。でもそれをずっととっておくと、いつの間にか熟したり、何か思いついた時に「あれが使える」となったり。でもそこからがまた長いんです。そのアイデアをどの切り口で誰の視点でどういう構成で見せたら一番鮮やかに見えるのか、というのがなかなか見えない。一番響くかたちを見つけるまでにまた数か月かかったりします。

――創作ノートにプロットを作ったりするのですか。

芦沢 私、本当にそのあたりが駄目で。ノートも整理されていないんです。思いついたことを全部書くから、一冊の本のためのノートが10冊じゃ収まらないくらい。最初はすごく気合を入れて、「これを文春の長篇の創作ノートにするんだ」と思って表紙に「文春長篇」とか書くんですけれど(笑)、関係ないアイデアも思いついたら書き込んでしまうので、本当にぐちゃぐちゃ。だから、「あのアイデアはどのノートに書いたんだ」ってことになって、しょっちゅういろんなノートをひっくり返しています。

――プロットや人物造形は最初にどれくらい決めているのでしょうか。

芦沢 ざっくりとしたプロットは決めますが、登場人物に関しては、よく言われるような「履歴書」みたいなものは作らないんです。私の場合、履歴書を作ってもピンとこないというか。誰が何歳で、どこで働いて、どこ在住ってことよりは、エピソードを書いたほうが分かる。

 たとえば『カインは言わなかった』で、有美がカップスープにお湯を入れすぎて味が薄くなったのでシンクに捨てるシーンがあります。動揺した時に、日常の中でする些細な失敗はどんなものだろうと考えました。動揺していても、朝にはいつものようにスープを飲もうとする、そのスープは自作のものではなくカップスープ、お湯を入れすぎてしまったときに、その味を「中学生の頃に食べ続けたダイエット食品のような味」だと思う、そしてそれをためらいなくシンクに捨ててしまう。そんな一つ一つに人間性が出ると思うんです。金銭感覚とか、ふとした時に何に興味を示すのかとか、そういうことを考えて、作中で使うかどうかはともかく、まずエピソードを書いてみることで登場人物をつかんでいます。書いた上で作中では使わなかったシーンも多いので、効率は悪いのですが。

――さきほどちらっと見えたのですが、書く登場人物にいつ何が起きたか、年表のようなものをお持ちでしたよね?

芦沢 あれは、むしろ後になって「ヤバイ、時系列の整合性がとれない」となって作ったものです(笑)。まず先にエピソードを作ってしまうので、それを物語の中で他の登場人物と並べたときに齟齬が生じてしまうことがあって。この人は何歳の時にこれがあって、その時こっちの登場人物は何歳で……ということを調整するために、表を作って確認しています。あとは、特に視点人物が複数いる作品では、それぞれの登場人物の作中での動きを整理するためにタイムスケジュール表も作ります。

――さて、今はどんなアイデアが熟成されてきたのでしょう。今後のご予定は。

芦沢 前に『小説BOC』に水谷君という小学生の男の子が推理をする話を書いたら「もっと読みたい」という声をよくいただいたんです。私もまた書きたいと思いながらその機会がなかったんですけれど、水谷君の話にしたら良さそうなアイデアがパラパラと出てきたので、一冊にしたいなと思っています。

 あとは、以前幻冬舎で独立した短篇を二篇書いたんですけれど、書きたいことが書き切れなくて私の「直したい」欲がひどくなって、アイデアだけを生かして長篇にすることになりました。他には『オール讀物』でも今、お金にまつわる短篇シリーズを書いています。『許されようとは思いません』とはまた違う味わいの短篇集にできるといいなと思っています。

カインは言わなかった芦沢央

定価:1,815円(税込)発売日:2019年08月28日