「ドラえもん」映画からの影響
――忠実なほうの少女、ブックカースが発動すると現れる女の子が真白で、ふたりは一緒に物語世界で奮闘するわけです。物語世界に入っていくことって、本好きなら一度は憧れたことがありますよね。
深緑 実は今回、元となったのは「ドラえもん」なんです。映画版の『のび太のパラレル西遊記』。
――あ、『はてしない物語』とかじゃないんですね(笑)。
深緑 はい(笑)。『はてしない物語』も自分にとって原初の読書体験だし、大好きですが、今回、直接的なアイデアの元になったのはドラえもんのほうで。
私が子どもの時にリアルタイムで観たドラえもん映画というと『魔界大冒険』とか『パラレル西遊記』とか『日本誕生』で、なかでも『パラレル西遊記』は一番自分に響いた作品でした。ドラえもんやのび太君がタイムマシンに乗って昔のシルクロードに行き、ヒーローマシンという道具で、西遊記のキャラクターになって遊ぶという。でもその時にゲームの入り口を開けっぱなしにしたまま帰ってきちゃったので、ゲームの中の妖怪たちが現実に現れて人類の歴史が変わってしまう。のび太君たちが帰ってきた現代というのは妖怪が跋扈する世界で、お母さんの頭には角が生えていて「晩ご飯はパパの好きなトカゲのスープ」とか言うんです。街の人たちも学校の友達もみんな妖怪になっていて、それをどうにか元に戻そうとして奮戦するという。子どもの頃は、身近な人が妖怪やお化けになるのが怖かった。それで、物語の中に入っちゃうというよりは、物語がこっちに侵食してきて、身近な人がみんな変身しちゃう話のほうが面白いかなと考えました。
――ああ、なるほど。深冬の物語でも、ブックカースによって街の景色ががらりと変わり、住民たちも作中人物に変身している。深冬や真白は変貌した世界の部外者で、だからこそ世界を取り戻すために頑張るわけですね。
深緑 『不思議の国のアリス』みたいに本当にその世界に入ってしまうと、たぶん途中で居心地がよくなって、出てきたくなくなるかなと思うんです。そうすると話が進まない(笑)。『千と千尋の神隠し』も主人公が異世界で生活する羽目になりますが、今回の話の場合は、今いる場所が変わってしまった方がより“呪い”らしいし、切迫感があっていいかな、と思いました。
――盗難は何度か起きますが、毎回、街を侵食する物語のジャンルが違いますね。日常にマジカルなものが紛れ込む〈マジックリアリズム〉、クールな探偵の活躍を簡潔な文体と洒落た会話で描く〈ハードボイルド〉、蒸気機関が使われているようなレトロな世界でSF的な物語が展開する〈スチームパンク〉、その名の通りの〈奇妙な味〉……。こうした小説のジャンルはどのように選んだのですか。
深緑 マジックリアリズムとスチームパンクと奇妙な味は、自分の好きなジャンルです。ハードボイルドはあまり読んでこなかったのですが、今回は、ちょっとやってみたいなと。マジックリアリズムは翻訳小説好きな人には馴染みがあるし、日本だと森見登美彦さんの小説なんかもそうだといえますけど、一般的に誰もが読んでるというジャンルではない。ハードボイルドも、ミステリーやSFに比べたら今の若い人はあまり知らないと思うし、スチームパンクもアニメで観たことはあってもそれがどういうジャンルかと聞かれれば分からない人もいるだろうし。知っていたらますます本を読むのが楽しくなる、そういうジャンルを出そうと最初から決めていました。