ミステリーの論理性に助けられた
――それぞれの物語世界の構築が素晴らしいです。文体も変えていたりして。
深緑 ハードボイルドのところがたぶん一番文体を変えているんですけれど、自分でも笑いながら書きました。「(彼は)何者なの?」「俺の墓掘り人さ」なんていうやりとりとか、一回書いてみたかったんです(笑)。昔だったらこれが格好よかったんですよね。この物語の主人公の探偵、リッキー・マクロイが廊下の花瓶からダリアの花を抜いてドアをノックして、出てきた美女に「名前くらい名乗ったら? ミスター“誰かさん(ジョン・スミス)”?」と言われたりするのって、ちゃんと格好いいんだけれど、深冬の世界で読むと笑えるという、そのさじ加減が難しくも楽しかったです。
スチームパンクの場合はとりあえずその世界を成り立たせている動力が必要なので、そこから考えて。こういう話の醍醐味は、産業革命頃の時代背景なのに、技術だけ現実より時計の針が進められている部分です。じゃあその技術を何にするかですが、たとえばよくわからない生物がいて、その生物が生み出す生産物を採取してエネルギーにしていることにすると、生物をどう飼育しているのかとか、そいつが生み出すものは何かといったことを考えますよね。出だしやごく簡単な設定だけでよければ、5分くらいあれば思いついちゃうので。ちゃんと文章にするには時間がかかるんですけれど。
――5分! それぞれのジャンルの先行作品で、好きだったものってあるんですか。
深緑 マジックリアリズムだと、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』とか、閻連科さんの『炸裂志』とか、桜庭一樹さんの『赤朽葉家の伝説』とか。ハードボイルドには映画で触れることが多かったですね。小説でいうなら、ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』とか。エルロイはハードボイルドというより、ノワールというべきかもしれませんが。あ、エリック・ガルシアの『さらば、愛しき鉤爪』も好きでしたね。主人公の探偵がトレンチコートを着てハットをかぶっているんですが、実はヴェロキラプトルなんです。恐竜が人間の皮を被って探偵をやっているという話で。これはハードボイルドそのものというより、その形を用いた新しい小説といえるかも。人気があって続篇も出ています。手伝ってくれる女性私立探偵がアロサウルスで、かなり大きいけれど、頑張って人間の皮を被っていたりして、可愛いんです。