彩瀬まるインタビュー「『新しい星』直木賞ノミネート決定! 彩瀬まるはなぜ、2人ではなく4人の姿を描いたのか」

作家の書き出し

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彩瀬まるインタビュー「『新しい星』直木賞ノミネート決定! 彩瀬まるはなぜ、2人ではなく4人の姿を描いたのか」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

目指したのは、白米みたいにおいしい小説

――新作『新しい星』は現代を生きる人たちの人生が強く胸に迫ってくる連作短篇集です。「別冊文藝春秋」に掲載された作品としては、高校生直木賞を受賞した短篇集『くちなし』以来4年ぶりですね。

彩瀬 そうですね。『くちなし』は奇想をつかった幻想的な短篇が多かったのですが、今回はちょっと違うトーンになりました。そもそもは、『くちなし』に収録する最後の一篇を奇想なしで書いてみようと思ったところから始まっていて。担当編集の浅井愛さんに「なんてことのないお話にしませんか。奇想どころか、はっきりしたテーマや仕掛けすらないものを」と言われたんです。

――「なんてことのないお話」、ですか。

彩瀬 一瞬何を言われたんだろうと思いますよね(笑)。私、それまで、小説は料理だと思っていたんですよ。ここはこういう味で、ここはガツンといく、などと味付けを調整するように物語を組み立てていたんです。だから浅井さんに「それって料理じゃなくて白米ですよね?」と言ったら、「わ、いいですね! 白米みたいにいつ食べてもおいしい小説」ってますます喜ばれてしまって(笑)。それじゃやってみるかと書いたのが「茄子とゴーヤ」という、五十代の女性と近所の床屋さんのちょっとした交流を描いたお話でした。

 その時の手ごたえをもとに書き始めたのが、今回の『新しい星』なんです。

――ちょっと、浅井さんに、その時どういう考えだったのかおうかがいしたいのですが。

浅井 今、現実に起きていることに対しての、彩瀬さんが持っているセンサーがあまりに正確なんですよ。いろんなものを汲み取って物語にされていく中で、「こうしなきゃ」と考えすぎずに、彩瀬さんからふっと湧いてくるものを読みたいという一心でした。

彩瀬 いつもはなにか核みたいなものが見えたら、そこから逆算して構築することが多いんです。2019年に出した『森があふれる』なんかも、かっちり構造を決めてから書き始めましたし。『新しい星』は構造を作り込みすぎず、自分がこの世界に生きていたらどのように歩きたくなるか、身体感覚を大事にしながら書いていきました。

困難に人生が乗っ取られないように

――『新しい星』は4人の男女が織り成す連作短篇集です。第1話の主人公、森崎青子は30歳。生まれたばかりの子供を亡くし、夫とは離婚してしまう。彼女の大学時代からの親友、茅乃は結婚していて幼い娘がいますが、第1話の後半で乳癌が見つかる。「えっ」と思って読み進めると、第2話では別の男性が主人公の物語が始まります。

彩瀬 最初に、青子と茅乃の2人が決まりました。私はずっと、大病をするとか仕事がうまくいかないとか何か困難を抱えると、人生はそれ一色になってしまうのではないかと恐れていたんです。小説を読んでいても、病気を患っている登場人物は当然のように病気に関することばかり記述されるし、過酷な環境のひとは、その過酷さばかりが語られてしまう。

 でも、自分が大人になって辛いことを経験した時に思ったのは、そうした困難に人生を乗っ取られたくない、と抗う気持ちが強く湧いてくる、ということでした。困難によって自分の性質が否応なく変化することはあると思いますが、それが自分のすべてにはならない。そう思った時に、大変なことが起きてもそれに呑み込まれずに人生を生きようとするひとを書きたくなりました。この小説のキャラクターたちもそれぞれ背負っているものがあるけれども、それは彼らの一部であってすべてではないんです。

――それで、青子の子供との死別や、茅乃の病気の設定が決まっていったのですか。

彩瀬 こういう話をするとこれから読む方に先入観を与えてしまうかもしれませんが、私、思春期に母親を癌で亡くしていて。当時は私自身も混乱していて、母親に何か声をかけることも助けることもできなかった。けれど、大人になって母が発病した年齢を越え、彼女が亡くなった年齢まで目前となった今、もし今の私があのひとの隣にいたらどんな気持ちになって、どんな言葉をかけたくなっただろうって、ふと考えることがあるんですよね。この作品を通して私自身も、渦中にいた時には分からなかった景色にたどり着けたら良いなと思って、闘病しているひとと、その横に立つひとを描くことにしました。

 青子については、私自身が出産するときに難産で、母子共に亡くなる危険があったという経験が大きいです。容態が安定するまでの間、いままで生きてきた領域からパチンと切り取られて、突然変なところに迷いこんだような気持ちでいました。その時の体感を思い起こしながら第1話を書きました。

――亡くなった子に対しての、青子の眼差しが印象的でした。悲嘆にくれるだけでなく、その子と一緒に生きているという感じで。

彩瀬 子供を亡くした母親って物語だと自分を見失っていたり、心を閉ざして対話ができなかったり、割と極端な役どころを付与されがちだなと感じる節があったんです。でもそんなことばかりではないって思うんです。なのでむしろ、その子を大事に思う気持ちを持ったまま、地道に、堅実に生活を営み続けるひとを書きたいと思いました。

新しい星彩瀬まる

定価:1,650円(税込)発売日:2021年11月24日

別冊文藝春秋 電子版41号 (2022年1月号)文藝春秋・編

発売日:2021年12月20日