登場人物が、新たな場所に連れて行ってくれる
――彩瀬さんの作品では、幻想と現実を自在に行き来するものが多いですよね。それは最初からだったのでしょうか。初めて小説を書いたのは中学生の時でしたっけ。
彩瀬 中学2年生の時ですね。美術部に入っていたんですけれど、同じ部にいた画家の息子さんがすごく上手で、絵ではこのひとに一生勝てないなと思った時に、じゃあ小説を書いてみようと思って。周りのひとに面白いって言ってもらえたので調子に乗ってずっと書いていました。
その時に書いていたのはファンタジーです。私は5歳から7歳までアフリカに住んでいたのですが、その時現地で、日本に生まれた自分は衣食住に困っていないけれど、アフリカに生まれていたらその日のご飯にも困っていたのかもしれないと思った記憶がずっと残っていて。生まれた場所が違うだけで生きやすさが変わるということが処理できず、自分は糾弾されるべきなのではないかという自罰的な感情があったんです。それで中2の時に、生まれた時に背中についた痣のパターンによって階級が変わるという、身分制度の強固な世界を舞台にした長篇を書きました。その頃から現実で処理できないものを幻想的な設定に落とし込んで書くことをやっていたんだなと思います。
――壮大な話になりそうですね。
彩瀬 一番上の身分に生まれた主人公が、いろんな階級の人に出会うにつれて世界の在り方に疑問を持ち、その身分社会の王様である自分の父親を殺しに行くんです。でも、原稿用紙400枚くらい書いた時に、その世界で平等を達成するためのゴールが分からなくなって、書けなくなっちゃって。
――それでも小説自体はその後も書き続けていったのですか。
彩瀬 そうですね。大学に入ってからは恋愛や友情ものの短篇を書き、時々ネットの作家志望のひとの練習場みたいなところで発表して講評をもらったりしていました。その後、初めて応募した新人賞で3次選考まで残ったので、頑張ればいけるかもしれないと、社会人になってからも毎年応募を続けました。その頃はまたファンタジー要素が入ったものを書いていました。
――2010年に短篇「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」の読者賞を受賞されましたよね。単行本の刊行はちょっと後ですが、もう作家10年目を迎えたということになるのか……。
彩瀬 デビューがいつなのかは曖昧なんですよね。10年に短篇の賞を受賞して、12年には『暗い夜、星を数えて』という被災体験を書いたルポルタージュを出しているので。初の小説の単行本は13年の『あのひとは蜘蛛を潰せない』なんですけれど、それがデビューだというのは体感としてはちょっと違う気がします。
――この10年前後を振り返って、思うことは。
彩瀬 結果的にいろいろな編集さんといろんなタイプの本を出させていただいて、書けるものの幅が広がったな、と。同じような題材を扱うとしても、表現の匙加減やアプローチを調整できるようになったなと感じます。今まではオーダーされたことを書くので一生懸命でしたが、もう少し変わった角度で切り取れないかと模索する余地が出てきて、楽しいです。
――自分はこういう話が好きだな、とか、こういうのは書けないなと感じるところは。
彩瀬 たとえば、こういうどんでん返しが書きたいからこういうひとを配置しよう、といった書き方ができなくて。ここにひとりのひとがいて、このひとが動けるのはこういう範囲で……というように、登場人物を設定して、そこから物語を積み上げていく方が書きやすいですね。プロットはいつも最初に一応作るんですけれど、あくまでも起点を明示するためのもので、「これより良くなります」というつもりでいます。
――書き進めながらいろいろ新たに気づいて、掘り下げていくタイプですね。
彩瀬 そうですね。書いてみないと分からない。登場人物のこういう感情を書いてみようと思っていたのに、書いてみたら全然違う場所に連れられて行った、みたいなことがよくあります。
――今後はどういう物語を書く予定ですか。
彩瀬 まだ書き終わっていないんですけれど、幻冬舎さんで夫婦ものの長篇を書いています。妻は夫の身体が好きなのに、お互いを慈しみ合うにあたって、それぞれのジェンダー観が邪魔になる。こうしなきゃいけない、こうあるべし、というのが、常に頭にまとわりつくから、私たちはいつになったら本当の意味でふたりきりになれるんだろうと思い惑う話です。それと、『やがて海へと届く』が映画化されるんですよ。初めての映像化なので、楽しみです。
――ええー、あの幻想的世界のパートをどうやって映像化するんだろう。
彩瀬 とても意欲的な作品なので、ぜひ楽しみにしていてください。22年春ごろに公開予定です。
撮影:佐藤亘
あやせ・まる 1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒業。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。17年『くちなし』で直木賞候補。18年、同作で第5回高校生直木賞受賞。
著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『やがて海へと届く』『不在』『珠玉』『森があふれる』『さいはての家』『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』『草原のサーカス』『川のほとりで羽化するぼくら』など。21年秋、最新作『新しい星』刊行。