8/12(土)「王様のブランチ」出演決定! 万城目学最新刊『八月の御所グラウンド』インタビュー

作家の書き出し

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8/12(土)「王様のブランチ」出演決定! 万城目学最新刊『八月の御所グラウンド』インタビュー

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

◆もう一度、京都を書けると思った

——新作『八月の御所グラウンド』には表題作と「十二月の都大路ル」の二篇が収録されています。どちらも読んでいるうちに、目頭が熱くなりました。今回は万城目さん、読者を泣かせにきてるんじゃないかっていう。 

万城目 ども、ありがとうございます。本当は三篇書いたんですが、今回はその一つ目と三つ目のしんみりした二篇を収録して、二つ目に書いた「六月のぶりぶりぎっちょう」は次の本に入れようという話になりまして。それだけ三の線で、どちらかというとコメディ寄りだったんです。 

——どれも『オール讀物』に掲載されたものですよね。どういう出発点だったのですか。

万城目 まず最初に、京都を舞台に生者と死者が交わる「六月のぶりぶりぎっちょう」の話を思いついたんです。「八月の御所グラウンド」のもとになるイメージも断片だけはあったので、同じラインの話にできそうだなと思い、じゃあ京都を舞台に書いていこう、と。といっても、「八月の御所グラウンド」のアイディアを編集者に語ったのが今から九年前、『バベルきゆうさく』を書いていた頃なので、もうずいぶん前のことですが。

「十二月の都大路上下ル」は、死者が後ろにいて振り向かないと見えないような話、「六月のぶりぶりぎっちょう」は死者が真横にいる話、「八月の御所グラウンド」では死者がちょっと前にいるという、三篇でポジションが変わっていくイメージで書いたんですけれど、真ん中の一篇が抜けたので今回の本『八月の御所グラウンド』を読んだだけでは、そのへんは分かりにくくなったところはあります。

——万城目さんが京都を書くのは久々ですね。 

万城目 実は僕が現代の京都を書いたのって『鴨川ホルモー』と『ホルモー六景』だけなんです。でも、僕がもりひこさんの快進撃にフリーライドし続けた結果、「京都作家」というくくりでピックアップしてもらうことが増えて。その後、『鹿男あをによし』で奈良を舞台に書いたのでもう「京都作家」とは言われなくなるかと思ったら、今度は「関西を舞台にする作家」みたいな感じでまた森見さんと括られるようになって。あるジャンルが勃興する時、一人やったら弱いんですが、二、三人いたらストリームがあるように見えてピックアップしてもらえるから、それはそれでいいことなんですよ。

 ただ自分の中では、京都は森見さんがいるので、奈良、大阪、滋賀と周りを舞台に書いていく。それを見て、森見さんは外堀を埋められたように感じて、いよいよ京都を深掘りしていく。さらに荒涼たる焼け野原と化した京都からは自然、僕の関心も遠のいて……。そんなこんなで、十六年もほったらかしだったんですけれど、「生者と死者が交わる場所」という切り口だったらもう一回書けるなと。

◆駅伝取材に六年かかった

——「十二月の都大路上下ル」は高校駅伝、「八月の御所グラウンド」は草野球と、どちらもスポーツが絡む話ですが、それは偶然だったのですか。

万城目 そうですね。どちらも単に、自分が学生の時に京都にいて見たり聞いたりした記憶がもとになっています。

「十二月の都大路上下ル」で描いた駅伝は、年末になるとしんきようごくという長いアーケードを、背中に高校の名前が入ったウインドブレーカーを着ている高校生たちが歩いているのをよく見かけたのがきっかけで着想したものですね。彼らを見ながら、修学旅行というには年の瀬すぎるし、なんやろうと思っていたわけですよ。そのうち、ああ、駅伝大会があるんやとわかったんです。選抜で来ているからか、ちょっと誇らしげな表情で、その雰囲気がすごくいいんですよ。この子たちの話を書きたいな、と長いこと思っていました。

 ただ最初に浮かんだのは、修学旅行でバスに乗っている高校生が、さんじようおおはしで新選組を見かけて、すぐにバスから降りたいけれど、急には降りられない、みたいなシーンでした。それが徐々に発展して、駅伝で自分が走っている最中に新選組を見かけて、確認しに行きたいけれど行けない、という話に進化しました。

——「十二月の都大路上下ル」の主人公は陸上部の高校一年生、さかとう、通称サカトゥーです。彼女は駅伝の補欠選手でしたが、前日に急遽先輩の代わりに出場するよう監督に言われる。物語の序盤で、彼女が方向音痴だと明かされているので、絶対になにかあるぞ、と読者は思うわけです(笑)。いざ競技が始まるとその間に不思議なことが起きるわけですが、全体的に競技に臨む高校生の様子がものすごく丁寧に描かれていますね。 

万城目 サカトゥーさんが新選組を見かけるけれど見に行けない、という状況がほしくて、そこを盛り上げるためにあれこれ足していきました。とはいえ、競技中の不思議な出来事に関してはさらっと触れればいい話なので、駅伝話として楽しく読んでもらえるよう意識しました。 

——大会前のサカトゥーさんの緊張状態や当日の様子も読ませますが、何より翌日の新京極のシーンで、同じ区間を競ったライバル選手と遭遇する場面がものすごくよくて。 

万城目 取材で埼玉の予選会を見た時に、スタジアムに帰ってきたアンカーがゴールした後、ぼろぼろと泣く女子選手がたくさんいたんです。僕が「なんで泣いてるんだろう」と言ったら、編集者からさんざん「万城目さんには人の心がない」と言われまして。それが心に残っていて、泣いていたライバルから試合後の控室で、泣いていない主人公が何か言われる、みたいなシーンが浮かんだんです。結局、泣く場面は出てこないですけれど、何か共通の話題を挟んで、普段は口を利かないライバルと言葉を交わすシーンを作ろうとアイディアが育っていきました。

——サカトゥーさんが選手に選ばれなかった仲間に謝ろうとしていると知って、ライバルの子が、「謝ることより、あなたがやるべきはひとつだよ」と言うじゃないですか。その後の言葉に、もう泣きました。 

万城目 そこは雑誌連載時にはない、改稿作業でつけ加えた部分ですね。編集者が元駅伝部の部長で、「同じ学年でもっとタイムが速い子がいるのに、他の子が選ばれるなんてありえない」と言うので、そのあたりの部員同士のケアというか、サカトゥーさんが自分より速い仲間に対してどう思うかだいぶ書き足したんです。そのことに対し、他校のライバルの子が何か今後につながる言葉をかけたら、世界が広がっていいかな、みたいな。

協力:京都先端科学大学附属中学校高等学校

——スポーツ競技を文章で表現するって、難しくなかったですか。

万城目 駅伝はさすがにわからないから、地方の予選会と京都での全国大会に計四年分、通ってチェックしました。二〇一七年にはじめて取材に行った時には、なかのぞさん(二〇二〇年東京五輪代表)が高校三年生で出場していました。

——え、執筆まで足かけ六年もかけたということですか。 

万城目 そうなんです。女子駅伝は距離がハーフなので、一時間くらいで結果が出るんです。だから一回の取材で何か所も見て回るということができない。一回目はスタート地点で見て、二回目は中継所を見て、などとやって六年かかりました。六年かけて原稿用紙七十枚なんて、考えられないですよね。超大作短篇です(笑)。

◆人生唯一のヒットの記憶を小説に

——「八月の御所グラウンド」は、猛暑の夏休み、暇を持て余していた大学生のくち君が友人から草野球大会「たまひで杯」の試合に出るよう強要される。その友人は、研究室の教授から、卒論の材料との交換条件で、「たまひで杯」で優勝するように命じられている。 

万城目 野球に関しては経験者でも、熱心なファンでもないですけれど、やっぱり小さい頃から何百試合と見ているし、ちばあきおさんの『キャプテン』などの野球マンガも大好きですし、スポーツニュースや雑誌を通じて、野球選手の頭の中にも触れているので、調べずとも、こういう試合展開のときは、こう選手が動いて、ということを自分でも驚くほど書けるもんです。実際、自分が夏の朝の七時半から大学のクラス対抗ソフトボール大会や草野球をした経験もあったので、その時のイメージもフル活用して。 

——万城目さんというとサッカーのイメージでしたが、野球もやっていたんですね。

 大学のとき、法学部内というおそろしく狭いカテゴリーですが、実際に御所グラウンドで開催されたソフトボール大会で優勝したことがあります。ソフトボールの試合では、経験のない僕とこんどうという奴がピッチャーとキャッチャーで、経験者は守備をするという作戦でした。ソフトボールはピッチャーがどれだけ素人でも、守備がうまいと負けないんですよ。

 野球は一度だけ、主人公の朽木君みたいに人数合わせで参加して、九番ライトという役回りでした。これも御所でやりました。その時、相手のピッチャーが京都の野球サークルのなかでは有名なノーヒットノーランを達成した人で、長らくの怪我療養から復帰した最初の登板という状況だったんですよ。その試合で、小説の中にも出した「一、二、三」のタイミングの取り方で、僕がヒットを打ったんです。向こうはリハビリを兼ねていて、来る球が速球だけやったから出来たことですけど。そんな人生で唯一のヒットの記憶を今回小説に書きました。 

——「たまひで杯」も面白いですよね。教授が通うおんの店のママさんのために、常連客たちが毎年それぞれチームを編成して大会を開催している。 

万城目 京都大学で教授をやっている元同級生と飲んだ時に、まさに「たまひで」のような祇園のお店に連れて行ってもらったんです。上品な着物を着たおばあさんがおかみさんでした。その元同級生も若い頃、教授に連れて行ってもらって通うようになり、今では自分の教え子を連れて来てると。文化の継承が行われているんです。 

——大会は寄せ集めの凸凹チームですが、参加者がみんな個性的でおかしくて。ただ、この話もまた死者が絡んできますね。これは、過去のことを調べて書かれたのかなと思ったのですが。

万城目 死者については、一人だけ登場させる重要人物をあらかじめ決めていたんですが、書いているうちに二人目、三人目の姿も見えてきて。

 京都大学の論文データベースに、学徒出陣の記録がまとめられているんです。一人一人の名前があって、何年入学で、どこで亡くなったのかが分かる。広島で原爆死している人もいれば、戦没場所が沖縄の人もいる。その下の備考欄に「大和乗組」としれっと書いてあって、ドキッとします。「特攻」の人もいましたね。

 現在の大学への進学率は五十パーセントを超えていますが、当時は五パーセントもいなかったそうです。大学にはお金持ちの子どもしか行けず、さらに大学生は徴兵されない、ということから、「なんやねん、あいつら、特権階級やん」という世間の風当たりも強かったとか。大学側はそれでも学生を守ろうと政府に抵抗したけれど、学徒出陣の方針が決まってしまった。そういう背景は調べました。

——途中からチームに参加する大学院生のシャオさんという女性も印象に残ります。相当な野球音痴ですが、熱心な人ですよね。 

万城目 今回、野球と戦争、京都の歴史について書いていますが、これらのことを熱心に勉強する中国人のシャオさんというキャラクターがいることで、読者に対してそれらを自然に提示できるなと思ったんです。だいたい、僕が書く主人公はどうしてもぼんやりしているので。聡明な方が一人いないと状況が見えてこないんですよね。

——「トトロ」の話も印象に残りました。シャオさんの妹が幼い頃「自分の部屋にトトロがいる」と呼びに来た時、彼女はすぐに、不思議なものはその存在について誰かに話すと消えてしまうから自分はトトロに会えないと思った、そして実際、会えなかった、という。 

万城目 あれはうちの娘の話なんです。幼い頃、「そこの部屋にトトロがいる」って呼びに来たことがあって。普段はそういうことを言わないタイプなんですけれど。その時に、僕は絶対会えないなと思いました。そうしたら、その部屋に戻ろうとした娘が、ドアノブにガーンとぶつかってそれどころではなくなり、やっぱり僕はトトロに会えませんでした。

 もりたつさんのノンフィクション『職業欄はエスパー』に、取材対象の「エスパー」と呼ばれる人たちが気まぐれに自分の力を見せようとしてくれるときは、必ず何か別の方向からのアクシデントが起きて、それを確認することができなくなる、みたいなことが書かれていて。それも印象に残っていました。

——それと似た状況が朽木君にも訪れます。次第に、「野球がしたい」という気持ちや、教授たちの隠された思いが滲み出てくるように感じて目頭が熱くなりました。本当にいい話ですね。 

万城目 僕はただ権力を持つ老人たちが若者をあごで使って野球をしている話を書こうとしたんですけれど、そう思ってもらえたなら嬉しいです。執筆当初はまったくプランに入れていなかった展開だったので、自分でもうまいこと化けたな、と驚いています。

 実はこの小説、すごく手応えがあったんですよ。書き終えた時、こういうふうに書けばこういう感じになるんだ、と感慨深く思って。その実感を詳細に書き残せばよかったのにそうしなかったので、いまではすっかり忘れてしまいましたが。 

——思い出してくださいよ。 

万城目 うーん……。たとえば、過去の作品『あの子とQ』とか『ヒトコブラクダ層ぜっと』は、架空の土地、架空の人間関係をもとに、実際の生活とはリンクしないものを書いている。これはこれですごく楽しい。でも、自分が見聞きしたものとか、住んでいたところとか、過ごした時間とか、そういうものを入れて書くと、手応えが違うんですよ。つまり、中身がいつも以上に濃い作品を書けた気がする。

 あと、『鴨川ホルモー』の時は登場人物の九割が大学生で、人間関係についても、あくまでも横の繫がりだけで成り立っていた。それが今回は、『鴨川ホルモー』の半分以下の枚数なのに、大学生の話でありながら上の世代の話も自然に入ってきて、しかもその関係性をちゃんと意味がある、ひとつの話にまとめられた。それがたぶん、手応え的なものに繫がったのかなと思います。まあ、年を食ったということですな。 

——年は取るものですね。『鴨川ホルモー』も大好きですけれど、年を重ねてからまた京都を書かれたことで、万城目さんの円熟味が味わえました。 

万城目 そうなんですよ、まさしくコクが出たというやつです。

◆新作の予定もぞくぞく

——一篇だけ収録しなかった「六月のぶりぶりぎっちょう」はどういう話なんですか。

万城目 歴史教師がホテルに泊まったら、そこで連続殺人事件が起きて、殺人事件の謎を解きがてら「本能寺の変」の秘密に触れてしまう、というミステリーのような、コメディのような、何ともめんような話です。 

——面白そうだけど、全然テイストが違う。今回二篇に絞ってよかったかも(笑)。 

万城目 そうですね、ボリューム的にもよかったのかなと。ページ数が少ない本のほうが読みやすいという方が、一昔前より断然増えていると思います。

 音楽も映画もドラマだって見せ方や長さ、届け方が変わっています。一方、小説はほとんど変わっていない。僕はむかしのままで変わらずにいてほしい、読み応えある分厚い小説がどんどん出てほしい、と思っています。でも、読み手の感覚が急激に変わってきているのに同じスタイルのままでええのか、それで生き残れるのか、とも揺れています。

——今は『あの子とQ』の続篇に取り掛かっているのですか。吸血鬼の一族の高校生の少女と、Qという巨大なウニのような姿をした彼女の監視役の話ですよね。笑わされながらも、これもぐっとくる展開でした。 

万城目 『あの子とQ』は執筆時から続篇を書くつもりで構想していて。ただ続篇の前に、『ホルモー六景』みたいなスピンオフの短篇集を出したいなと思っています。

——主人公の親友、ヨッちゃんの我が道をいくキャラクターが最高だったので、彼女が主人公のスピンオフが楽しみです。 

万城目 作中に、日本人の吸血鬼第一号を名乗る、嫌な感じの男が登場したでしょう。その彼が長崎の出島でオランダ人に襲われて吸血鬼になった時の話を『小説新潮』に書きました。「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」というタイトルです。予定ではあと一篇書いたあと、いったん中断して、集英社で一冊書くことになっているのですが。 

——集英社で書くのは『偉大なる、しゅららぼん』ぶりですか。

万城目 そうです、十二年ぶりです。こちらはとくがわいえやすの有名な逸話「しんくんえ」の話です。のぶながが本能寺の変で死んだ時に、家康はたまたま次の日に信長と会う約束をしていて、その時は大坂の堺にいたんですよね。本能寺の変を知った家康は、周囲の二、三十人を連れて自分の本拠地の岡崎まで、四日くらいかけて帰るんですよ。滋賀県はあけみつひでの本拠地で、見つかったら殺されるので、伊賀を通って帰ろうとする。その時の話を書く……、予定です。 

——コメディですか。 

万城目 いや、やまふうろうみたいな感じというか。あやつじゆきさんの『殺人鬼』みたいなイメージです。『あの子とQ』で吸血鬼の話を書いたから、次はフランケンシュタインの話を書いたら面白いかなと思って。そうだ「神君伊賀越え」だったらいけるな、という感じで。

——何をおっしゃっているのか全然わからないです。

万城目 えっと、フランケンシュタインは結局、登場しないんですけれど、思いついたのはそういう経緯で、出来上がったものを読んだらきっと「なるほど!」って分かります。たぶん!

◆自分の器に従って書く

——毎回、小説のモチーフを思いつく過程が謎ですよね、万城目さんは。

万城目 きっかけが違うだけで、途中からなんだかんだで得意なところに引っ張っていくという流れは毎度同じなんです。物語の切り口が明確で、大きく話を膨らませられそうという予感が持てたら、心のGOサインが出ます。もっとも、実際に書くのは、そこから調べ物をしたり、取材して自分の目で確認したり、結構慎重にリサーチしてから、「これやったらできる……かも」でようやく重い腰を上げる感じですけど。 

——プロットをかっちり固めないうちに書き始めるタイプですよね。 

万城目 全体の大雑把な流れとラストシーンのイメージは毎度出来上がっている状態で書き始めるのですが、その中身は結構、スカスカですね。今回だと、いちばん詰まったのは朽木君とシャオさんのパスタ店での会話でした。シャオさんがある事実に気づいてそれを朽木君に話した時、朽木君が「そんなわけない」じゃなくて、「ひょっとしたらそうかも」と短時間で思わなくちゃいけない。ここは何度も書き直しました。そういう時は将棋みたいにいろいろパターンを考えるんです。こういう要素を入れたら説得力が出てくるな、とか。野球をやっているシーンはささっと書けるんですけれど、会話のシーンになるといきなり筆が止まってしまうので、なんしましたね。 

——万城目さんの作品は読んでいてひたすら楽しいのも魅力ですが、今回シャオさんを登場させたことや、他の作品だとたとえば『パーマネント神喜劇』で信仰と土地というテーマを浮かび上がらせることなど、笑いの中にしんな思いもこめられていると感じます。

万城目 いや、たまたまやと思いますよ。

——小説にテーマ性とかメッセージ性をこめることについてはどう感じていますか。 

万城目 テーマに真正面から向き合うことにはちょっとてらいというか、恥ずかしさみたいなものはありますね。僕には無理やなって。そんな器ないですもん。自分の器に従ってやっている感じです。社会的なテーマにがっつり向き合う人生を送ってないですし、テーマ性のあるものを読んだり見たりするのは好きやけど、自分が表現したいとは思わないです。

 特に時事的なものは、その問題に触れた時に「ああ、これを書きたい!」と思った人が書くべきで、「そういうのって大事だと思いますけど」と何となく言っているくらいの人は書かないほうがいいと思うんです。書こうとすると今までどういう姿勢で社会と向き合ってきたかが出ると思うので、ある程度、自分の血肉に関わるものじゃないと、いい作品にはならない。だから書ける人はすごいなと思っています。 

——今後の刊行予定は、どんな順番になりそうですか。

万城目 集英社の「神君伊賀越え」話がうまくいけば来年出るんじゃないでしょうか。『あの子とQ』のスピンオフ短篇集は、『あの子とQ』を文庫化する時に一緒に出せたらいいよねと話しているので、ちょっと先になります。

——「六月のぶりぶりぎっちょう」を収録した作品集はどうなるんですか? 「六月~」を表題作にするなら、来年の六月に出したいですよね。 

万城目 同時に収録する短い作品をあと一篇書いたら本になるかなあ……。でもその短篇が表題作になるかもしれないし、それが何月の話になるかまだ分からないですし。いずれにしろ、それが世に出たら、「生者と死者の交わり」という切り口から京都を見た作品として、『八月の御所グラウンド』とは好対照な、A面とB面みたいな関係性になっておもしろそう、とは考えているところです。 

撮影:石川啓次


万城目学(まきめ・まなぶ)  1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。2006年、『鴨川ホルモー』が第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、デビュー。『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』『バベル九朔』『パーマネント神喜劇』『ヒトコブラクダ層ぜっと』など著作多数。エッセイ作品に『べらぼうくん』『万感のおもい』などがある。23年8月に最新刊『八月の御所グラウンド』刊行。


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八月の御所グラウンド万城目学

定価:1,760円(税込)発売日:2023年08月03日

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発売日:2023年08月03日