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あけっぴろげな政治談議の可能性

あけっぴろげな政治談議の可能性

文:平川 克美 (リナックスカフェ代表取締役)

『沈む日本を愛せますか?』 (内田樹・高橋源一郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 当代の論客である、内田樹と高橋源一郎がリアルタイムの政治状況についてどのように語るのか。それだけでも興味津々の企画である。2人が採用したのは、もちろん政治評論家のようではなく、かといって2人の本業の現代思想家や、小説家というスタンスでもない。

 ひとことで言えば、かれらの戦略は武装解除である。つまり、政治の素人として、素人にしか言えないことだけを選択的に語るとそこにどんな風景が広がるのか、その可能性が垣間見える対談になっている。

 たとえば、人材払底の本邦の政界に、外務大臣としてゴルバチョフをリクルートしたらどうかと内田が言えば、官房長官はクリントンと高橋が応える。素人という立ち位置でしか言えない発想だが、政治状況に対する洞察なしではこんな発想は出てこない。

 北方領土をめぐって、ゴルビーとプーチンが交渉する図なんてかれら以外の誰も思いつかないだろう。

 小沢一郎という政治家の分析においても、貧農に入り込んだナロードニキ運動の担い手と同じだという大胆な見立てを行う。地方へ、農村へ入り込み、中央なるもの、官僚政治に対するルサンチマンを掻き立てたナロードニキの運動が、小沢の現場主義的な選挙手法に重なって見えてくる。

 2人の想像力はまことに奇想天外であり、同時に路地裏談議的で自由闊達、どこに飛んでいくかわからない。黒子に徹している雑誌編集者の渋谷陽一がところどころで差し挟む、しおりのような非戦略的な言葉が、効果的な重石になっている。

 戦後の保守合同以来、日本では国民政党としての自民党が長らく政権の座に就いてきた。この体制が崩れたのが1993年の非自民、非共産の細川連立内閣だが、これは1年も持たなかった。その後、政界再編へ向けての政党乱立の下での連立内閣が続き、2009年、麻生連立内閣のときの総選挙で民主党が大勝した。このとき羽田内閣以来の非自民連立政権が誕生した。

 この対談は、歴史的な政権交代から、民主党の凋落までの1年半ほどの期間の分析である。鳩山内閣は、短命ではあったが、日本戦後政治史において特筆すべき期間であった。まず何よりも、戦後の55年体制が終わり、その遺制もまたここに刷新されることになるはずであった。

 しかし、沖縄普天間問題で大きくぶれてしまった鳩山発言を期に、鳩山人気は凋落し、続く菅政権も長続きはしなかった。

 アメリカ型の2大政党政治は、日本ではついに根付くことがなかったのである。この日本の政治の特殊性についての分析が秀逸である。小泉政権以後の内閣就任時の支持率の異常な高さと、凋落までの期間の異常な短さはどこからきているのか。たとえば鳩山内閣の末期が20%未満の支持率だったのに対して、鳩山内閣と明確な差異の存在しない菅内閣の当初の支持率は66%と高いのはなぜか。菅直人は鳩山政権の副総理で財務相であり、鳩山の共犯者的位置づけにあったはずなのに。国民はただ揺れ幅を楽しんでいるかのように見える。

 ふたりが出した結論は、日本人は選挙において真剣に投票する気もないし、内閣に期待もしていないというもの。なぜなら、日本の最高の意思決定者はアメリカであり、誰が総理大臣になろうとも大きな変化は起こりようがないことを国民はすでに感づいているからだ。もし日本人がアメリカの大統領の投票に参加できるならもっと真剣に政治について考えるだろうという発想が面白い。つまり、日本はアメリカの51番目の州であるというのが現実で、だれもそれを直視せずに、無意識に隠蔽し、その代償行為として政治ゲームを楽しんでいるだけだというわけだ。

 ところで、本書では2人とも自民党が復活することはもうないだろうとの見立てをしている。確かに当時の自民党は壊滅状態にあり、そのまま党は解体し政界再編へと進むかに見えた。

 実際には、民主党野田政権のときの総選挙において、自民党が大勝して安倍政権が誕生し、自民党は復活した。2人の予想は見事に外れたわけだが、内田が冒頭述べているように、この予想の外れ方には曲がある。素人の政治談議は、それがどんなに奇想天外であったとしても話の筋目だけは通っている。さもないとただの奇想にしかならず、読者は置いてけぼりになる。話の筋目は、いつも市井の常識や、見識の上に通っている。だから、予想が外れるのは、話の筋目が通らぬ事態が起きたときである。安倍政権がやっていることはまさに常識外の経済成長路線であり、軍事強行路線である。安倍首相の靖国参拝に対して「失望した」というアメリカのコメントが意味しているのは、まさに現在の常識的な国際関係の文脈を読めていない行動だということだ。安倍政権誕生の一連の事態の変化を2人ならどう読み解くのか。続編が待たれる。

文春文庫
沈む日本を愛せますか?
内田樹 高橋源一郎

定価:781円(税込)発売日:2014年05月09日

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