「文藝春秋」では昭和二十九年(一九五四年)から五年かけて、北は北海道から南は九州の南端まで、日本全国をヘリコプターで撮影、空から見た各地の様子を掲載した。
写真は愛知県江南市にある御嶽薬師尊。〈一人ポツンと薬師さま 布袋町 セメント大仏〉(文・三好達治「文藝春秋」昭和二十九年八月号)。個人が私財を投じて建立したものだが、その威容は目を見張るものがある。
航空管制が現在とは比べ物にならないほどユルかった当時は、今では信じられないエピソードが残っている。東海道を撮影したこのとき、忍術と仇討で有名な伊賀上野の街は、昔ながらの姿を残していた。荒木又右衛門三十六人斬りで有名な鍵屋の辻を撮影しようとしたが、町の周囲は辻だらけでどれが鍵屋の辻だかわからない。
〈こんな場合ヘリコプターの奥の手を使って、小学校の校庭に不時着をした。街中初めての出来事に交通整理まで出るさわぎで、東京からこの辻を撮るためにわざわざ来たということで、文藝春秋の宣伝にはなる、町の人には思いがけない見世物になるという一幕もあった〉(樋口 進『空から見た日本』〉