書評

知られざる捜査を描く異色の警察小説

文: 西上 心太 (文芸評論家)

『アクティブメジャーズ』 (今野敏 著)

 今野敏さんが大学在学中に第4回問題小説新人賞を受賞して作家デビューしたのが1978年。卒業後はレコード会社に就職し、数年間の兼業を経て作家専業となり、今年は作家生活35周年を迎える。20歳そこそこの若者がキャリアを積みあげ、いまや警察小説の分野を牽引する1人となった。しかもその間に上梓された作品はおよそ170作(!)に及ぶ。クォリティを落とすことなく、年平均5作という作品を発表し続けてきたことになる。この持続力は特筆もので凄味さえ感じるほどだ。

 さて今野さんには警察小説に限っても多くのシリーズがある。小さな所轄署のチームワーク良い捜査過程が魅力の《東京湾臨海署・安積班》、特殊能力を持った5人の科学捜査員の活躍を描いた《ST》、原則を貫く警察官僚が主人公の《隠蔽捜査》、機動力が武器の警視庁特殊捜査隊をフィーチャーした《TOKAGE》、暴力団を憎む 刑事が登場する《横浜みなとみらい署暴対係》、警察学校の同期生で公安と捜査に別れた2人の警察官を描いた《同期》、盗犯係のベテランと新人女性刑事にコンビを組ませた《確証》などがある。

 シリーズ名を挙げるだけでも、警察小説というジャンルの中で、今野さんがさまざまな工夫を凝らしていることがわかるだろう。

 本書『アクティブメジャーズ』は『曙光の街』、『白夜街道』、『凍土の密約』に続く、倉島達夫警部補が活躍する《公安捜査官》シリーズの第4弾だ。シリーズ名でもおわかりのように、刑事畑ではなく、秘密のベールに包まれた公安部の警察官が主人公という点が他のシリーズと大きく異なっている。これが第1の特徴。

 ちなみに《同期》シリーズでも公安に属する警察官が登場するが、あくまで視点人物は警視庁捜査一課の刑事。公安の捜査官を正面から取り上げているのは、数多い今野作品の中でもこのシリーズだけなのである。

 倉島達夫は1年にわたる〈ゼロ〉の研修を修了した。ゼロはかつてサクラやチヨダと呼ばれた公安の中枢である情報分析室のことだ。職場に復帰したその日、倉島はさっそく公安総務課長から先輩捜査官である葉山昇の身辺調査を命じられ、部下として2人の若手がつけられた。だがエース級公安捜査官の葉山は、職場にも姿を現わさず、居住地を含めまったく足取りがつかめなかった。倉島は古くからの協力者であるロシア大使館に勤める諜報員コソラポフに探りを入れる。するとコソラポフは日本人ジャーナリストの死亡事件を話題にした。倉島が職場に復帰した前日の夜、全国紙の編集局次長である津久見茂が自宅マンションから転落死していたのだ。やがて津久見の周辺にいた人物の1人が葉山の協力者らしいことが判明し、エース捜査官の身辺調査が、ジャーナリストの墜死と結びついていく。

 このシリーズの第2の特徴は、主人公倉島達夫の成長物語という側面があることだ。もともと倉島は公安という仕事になじめず、事なかれ主義に陥っていた男だった。ところが『曙光の街』で、ヒットマンとして来日した元KGBエージェントのヴィクトルと関わったことから己の甘さを認識し、公安の仕事への情熱を取り戻していった経緯がある。その彼が本書ではエリート捜査官へのとばくちにまで達して、エース級の先輩と知謀の限りをつくした渡り合いを見せるまでになる。同時に2人の部下の、公安捜査官としての適性を見極める役割も負わされるのだ。すでに1人の捜査官ではなく、後輩の指導と同僚を指揮するコマンダーのような立場へと成長しているのだ。

 第3の特徴がロシア色の濃さである。今野さんは空手の一派を率いる武道家の顔も持っている。そしてロシアにも支部があり、毎年半月ほどロシアに渡り、当地の弟子たちの指導にあたっている。現地の空気を吸い地元の人々との交流で得られたヴィヴィッドな知識が肉となり、このシリーズで存分に生かされているのだ。

 それは『曙光の街』と『白夜街道』の2作に登場するヴィクトルの描かれ方を見れば理解できると思う。本書の中でも「公共の場では笑顔を見せ」ず「知らない人々の前で、へらへらしてはいけない」のが伝統であるとロシア人気質をさらりと筆にしている。こうしたさりげない描写からもロシア人に対する深い理解がうかがえるのだ。

 諜報員が協力者を獲得するための積極的な工作活動を、アクティブメジャーズと呼ぶ。本書は各国諜報員(公安捜査官もその範疇にある)の積極工作が遠因となった物語だ。倉島の成長した姿とともに、知られざる公安捜査官の活動を知ることができる異色の警察小説をお楽しみあれ。

アクティブメジャーズ
今野 敏・著

定価:1680円(税込) 発売日:2013年08月07日

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