文春写真館

「樅ノ木は残った」の主人公同様、
潔い生き方を貫いた山本周五郎

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

「樅ノ木は残った」の主人公同様、<br />潔い生き方を貫いた山本周五郎

 本名は清水三十六(さとむ)、明治三十六年(一九〇三年)、山梨県北都留郡初狩村(現大月市)に生まれる。

 明治四十年、大水害で壊滅的な被害を受けた故郷を捨て、東京・豊島、ついで横浜に転居。尋常小学校を出たあと、東京・木挽町の質店「山本周五郎商店」に徒弟として住み込む。この主人は、文学を志す三十六少年を学校に通わせ、物心両面で支えた。

 徴兵は強度の近視のため免れるが、関東大震災で勤め先が被災。豊橋、神戸と移り住み、やがて東京に戻ると、帝国興信所(現帝国データバンク)などに勤めながら小説を書く。大正十五年(一九二六年)、「文藝春秋」四月号に「須磨寺附近」が掲載され、これが出世作となる。

 三十六、という本名が気に入っていなかったらしく、ここまで十に余る筆名を用いていたが、このとき使った「山本周五郎」で定着した。恩人への感謝の念から、と言われる。

 昭和十八年(一九四三年)、「日本婦道記」で第十七回直木賞に選ばれるが、辞退したためこの回は「受賞作なし」となった。辞退理由は諸説あるが、決定後の辞退は直木賞の歴史上唯一人だ。

 「樅ノ木は残った」「正雪記」といった代表作の主人公はみな、辛酸を嘗めながらも筋の通った生き方を貫いている。「椿三十郎」「五瓣の椿」など、往年の日本映画の名作の原作となった小説も数知れない。昭和四十二年に没する直前まで旺盛に執筆を続けた。

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