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第14番

第14番

黒田 夏子 (作家)

登場人物紹介

 ごくゆっくりの道中でもごく早めに着くような出立の時刻を走井(はしりー)がきめた.気ぜわしいのはきらいなのでさらに早めにしたくがおわっているようにと事をはこんでいたが,走井(はしりー)が迎えにきたのはさらにまた早かった.きめてあった時刻までは待たせておくつもりの私を,手つだうからとせかすので,いくつかの手じゅんをあきらめてけっきょく気ぜわしく出かけた.雲の形をあおがず飾りまどをふりむかず,人たちをぬって追いこし乗りものに駆けこんだ.

 走井(はしりー)とのささやかな気ばらしは,一大事に出むくようないそぎにのっけから疲れはてるときまっていた.人のつごうで追いたてられるくらしは走井(はしりー)も似たものだろうから,せめて好きにできる数百ぷんを,ゆきさきが劇場だろうと美術館だろうと,まれに湖だろうと花のさかりだろうと,まにあわなければまにあわなくてかまわないというふうにすごせないものかとおもうのだが,走井(はしりー)はいつもまっしぐらにいそいだ.私が早め早めにうごくのは気ぜわしさをふせぐためなのだが,走井(はしりー)は気ぜわしさそのものは大して苦にしていないようで,さからわずに合わせていればきげんがよく,予定よりも早いからと寄りみちの楽しみに気をひこうとするといらだってこばんだ.

 ものを見るのは楽しみの半ぶんで,あとの半ぶんはしたしい友だちとすごすことと,相手が走井(はしりー)ならばふりとしてではなくしんそこそうなのに,ふりもしてくれない走井(はしりー)をさびしむおもいもあったが,きげんのいい顔を見たさにいっしょにいそいだ.

 夕ぐれの美しいと聞いた湖に日の高いうちに着いた.風がつめたくて長くはいないで岸を離れた.走井(はしりー)はいそいでいた.なににまにあわなくなるのかといぶかった.

感受体のおどり
黒田夏子・著

定価:1,850円+税 発売日:2013年12月14日

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