――いったいどうすれば、あの男にこれ以上惹かれずにいられるのだろう――帯の惹句にドキリとする読者も、多いかもしれない。村山由佳さんの待望の新刊『ありふれた愛じゃない』で描かれるのは、正反対の二人の男の間で揺れる女性の迷いと決断だ。
小説の舞台は地上の楽園とも言われるタヒチ。ここを訪れて村山さんが感じたのは、“土地の力”だ。
「タヒチは、この小説の取材で初めて行きました。日常生活は我々とそんなに変わりませんが、今も神話が息づいていて、土地の持つエネルギーがとても強い。すごく気持ち良い場所で、“浄化される”という言葉がぴったりです。でも同じ浄化でも、例えば伊勢神宮のように余計なものが削ぎ落とされるという日本的なストイックさとは違って、自分の中にあったものが大きな力で押し流され、新たなエネルギーが入り込んでくるという感覚です」
主人公・真奈は、宝飾店に勤める32歳。浮気を繰り返す父親の記憶やかつてダメ男と長く付き合った苦い経験から、今は堅実で真面目な6歳年下の貴史と付き合っている。貴史との結婚も考え、現状に満足しているはずだった……。ところがその矢先、真珠の買い付けでタヒチを訪れた真奈は、自ら愛想をつかし別れを告げた男・竜介と再会してしまう。
「竜介のキャラクターは、半分くらい私の好みを投影しています(笑)。貴史の堅実さは否定しませんが、自分が予想できない、どこか別の世界に連れて行かれたいという願望は、多くの女性が抱くものじゃないかなと。実は竜介にはモデルがいて、小さい船を持ち観光ガイドをしている現地の男性。すごく魅力的だけど、この土地でしかこれほどは輝けないだろうと思う人。取材のとき彼に会い、これで書けると思えました」
村山さんの小説の中の女性たちは、運命を自らの手で選び取る力強さを備えている。彼女たちは常に仕事を持ち、試行錯誤を繰り返しながら進むべき道を探す。これは村山さんが小説の中で描き続ける大きなテーマの1つだ。
「自分の食い扶持は一生自分で稼ぐ。若い女性へのアドバイスを求められたとき、私は必ずそう言います。私が前の結婚から自由になれたのは、幸い仕事があって、これからも自分の力で生きていけると思えたから。今回は、私にしては珍しく、主人公の真奈を組織の中で働く女性にしました。読者の方に自分の身に引きつけて読んでいただけたらと。彼女は最後にある大胆な行動に出ますが、自分の仕事を持っていたからできたこと。彼女の決断の行方を是非見届けてください」