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「目で相撲を見るのも稽古のうち」ウルフの愛称で親しまれた千代の富士

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

「目で相撲を見るのも稽古のうち」ウルフの愛称で親しまれた千代の富士

「ウルフ」の愛称で親しまれた第五十八代横綱、千代の富士は、昭和三十年(一九五五年)北海道生まれ。本名秋元貢。

 運動神経がよく、中学時代はバスケットボールや陸上競技などスポーツ万能振りを発揮した。同郷だった当時の九重親方(元横綱千代の山)に誘われ、最初はしぶっていたが、角界入り。昭和四十五年秋場所で初土俵を踏む。

 昭和四十九年、十両昇進、翌年新入幕を果たす。度重なる肩の脱臼に悩まされながら、精進する。小柄ながら、得意の上手投げで相手力士を倒し、人気を得た。のちに上手投げは「ウルフスペシャル」とまで呼ばれるようになった。

 昭和五十六年、初場所で関脇として北の湖との優勝決定戦を制して、初優勝し、大関に昇進する。そして同年、名古屋場所後に横綱に昇進した。この年、ウルフ・フィーバーが巻き起こり、膨大な数の懸賞金がかけられるようになった。

 三十代となってから引退説もささやかれるなか、華々しい活躍を見せた。

 昭和六十三年、当時双葉山の六十九連勝に次ぐ、歴代二位となる五十三連勝を記録。平成元年(一九八九年)九月に当時の通算最多勝ち星九百六十七勝を記録し、大相撲の力士として初めて国民栄誉賞を受けた。

 写真は昭和六十三年十一月、九州場所の九重部屋宿舎のある福岡市・鳥飼八幡宮にて撮影。

「他の力士の稽古をことさら熱心に見ると評判ですね」と聞かれて、

「目で相撲を見るのも稽古のうちなんですね。目を鍛えるんです。相撲は目でとるというか……」(「ナンバー」211号インタビューより)

 平成三年五月場所で初日に貴花田(のちの貴乃花)に敗れて世代交代の波を痛感、三日目に貴闘力戦で完敗。取り組み後、「体力の限界、気力もなくなった」として記者会見を開き、引退を表明した。優勝三十一回は白鵬、大鵬に次いで歴代三位。通算勝ち星千四十五勝は歴代二位。九重部屋を継承し、大関千代大海らを育てた。平成二十八年七月三十一日、すい臓がんのため亡くなる。六十一歳という若さだった。

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