
- 2025.08.11
- 書評
「君が本当に欲しいものは“自信”だ」300万円の借金を抱えた23歳の元ホストが“闇バイト”を選んだ理由
吉田 大助
吉田大助が『バッドフレンド・ライク・ミー』(井上先斗 著)を読む
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ

「日本のバンクシー」と呼ばれる謎のグラフィティライターを巡るミステリー『イッツ・ダ・ボム』で、第31回松本清張賞を受賞しデビューした井上先斗。同作では街中に無許可でグラフィティを書く(=ボムする)ライターたちの生き様を追う過程で、東京近郊のさまざまな街の風景がいきいきと描き出されていたが、第2長編となる本作でも同様だ。題材は、いわゆる闇バイト。犯罪小説だ。
3月のある日、主人公の森有馬がJR蒲田駅周辺でウーバーイーツの配達員として働いている場面から始まる。物語が動き出すのは、かつて勤めていた歌舞伎町のホストクラブの先輩に「良い話」を紹介してもらってからだ。新宿南口にあるシティホテルのティーラウンジで、ジンと名乗る青いスーツの男と出会い、与えられたのは「七つの試練」。「一つ乗り越えるごとに、報酬を出そう」。
美辞麗句で取り繕っているものの、ジンが誘っているのは「闇バイト的なもの」である、と有馬自身も理解している点が重要だ。ホスト時代の客が踏み倒した300万円を借金として背負わされた23歳のフリーターにとって、七つ目の試練を達成した際に受け取れる500万円の報酬は、確かに大きい。だが、君が本当に欲しいものは「自信」だ、というジンの言葉こそが主人公を衝き動かしていく。
渋谷区のなんの変哲もない公園を動画撮影し、指定された都内の道路を自転車で走行して経過時間を測る。スマホに届くジンからの「試練」は、それがどんな犯罪に加担することになるのか予想もつかないものばかり。そんなおり、中学校の同窓会でかつて片想いしていた相手と再会し、彼女とのラブストーリーも動き出して……。
本作は、ミステリーの王道として知られる、とあるサブジャンルに挑戦した作品である。それは、ジンの犯罪計画に関わる。その根幹をなすアイデアは過去に類例がないわけではないが、アレンジ(拡大・拡張)の仕方が素晴らしい。計画遂行の際のデジタルツールの使い方などにもオリジナリティが光る。ただ、本作が何よりユニークなのは、犯行後の主人公の心情の変化がおよそ70ページにわたって綴られていくことだ。
主人公は、自分は間違っていたことを認め、自分は中途半端な人間であるという事実を受け止める。そのために必要だったこととは、何か。言い換えるならば、犯罪(者)への誘惑をモチーフに据えた物語の結末部において、書き手が読者に突き付けるべきものは何だったか。スマートでかっこいいオーラをまとっていた犯罪者の、ダサさだ。
他者や自己に対する幻滅は、ネガティブな感情だけをもたらすわけではない。現実を知り、自分を知るための契機にもなり得る。ダサッ、から始まる成長がある。この小説は、そのことを教えてくれる。
いのうえさきと/1994年、愛知県生まれ。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年に『イッツ・ダ・ボム』で松本清張賞を受賞しデビュー。
よしだだいすけ/1977年生まれ。著書に『別冊ダ・ヴィンチ 令和版 解体全書 小説家15名の人生と作品、好きの履歴書』。
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