九年書き継いだ高濃度ミステリー
──新作『Iの悲劇』がいよいよ刊行されました。舞台となるのは無人となった山あいの小さな集落、簑石。ここに人を呼び戻すためのIターンプロジェクトが実施され、他所から新たな住人たちがやってきます。役所のIターンプロジェクトチーム、通称「甦り課」のメンバーがその対処に追われる連作ミステリーです。本作の構想はいつ頃からあったのですか。
米澤 第一章「軽い雨」を書いたのは九年前で、『オールスイリ』というムックに掲載されました。その時すでに全体としてこういう話にしようという見通しを立てていたのですが、なかなか書き継ぐ機会がありませんで……。その後、『オール讀物』に三篇載せて単行本にできる分量は揃ったのですが、一冊の本としてきっちり磨こうと思い、書き下ろしを二篇加えて完成させました。
──甦り課のメンバーは三人。公務員らしく常識的に行動しようとする万願寺邦和、礼儀作法を気にしない新人の観山遊香、やる気のなさそうな五十過ぎの課長、西野秀嗣。彼らのやりとりがユーモラスです。どういうミステリーを書こうと思われましたか。
米澤 最初に書いたのがミステリー専門のムック『オールスイリ』ですから、だからこそできる、ミステリー濃度の高いものを書こうと思いました。これが『オール讀物』や『別冊文藝春秋』だったら、ミステリープロパーではない読者も読みやすいように雰囲気をコントロールしようと思いますから。「軽い雨」を書いた時にイメージしたのは大坪砂男、そして物理トリックです。あまりやったことがないので、やるならここしかないと思いました。物理トリックは大真面目に大見得を切ってやるか、どこかにユーモアを持たせるかしないとうまく描けない。そこから導き出された結論として、わりと軽い読み味が出てきた感じです。
──架空の小さな集落という舞台を作ったのは、物理トリックを作りやすいという理由があったのでしょうか。
米澤 それよりまずテーマへの関心がありました。小説の結末に関わるので具体的には言えませんが、人がどこにどう住むのかは、すなわちどんなふうに生きるのかということでもある。そこへの興味があったんです。
もちろんミステリー空間の構築ということもあります。地域トラブルの話を書きたいのであれば、元の住民と新しく来た住民の軋轢という形で書かなくてはいけない。でもこれは、いつにかかってミステリーです。謎解きの精度を上げるために、あえて元からの住人はおらず、無人になった集落を舞台にしました。結果としてそれがテーマをよく浮き彫りにしたのではと思っています。
──住民のトラブルに直接対応するのは万願寺と観山で、この二人がホームズとワトソンかと思ったら……違いましたね。
米澤 はい。これは安楽椅子探偵ものなんですね。だから探偵役は部屋から離れないという。