――今回、それぞれのお話は、トリックが先にあったのですか?
米澤 トリックとお話と舞台は、それぞれ別々に考えています。で、その三つを合わせようとすると当然、このトリックはこの舞台に合わないとか、この話にはそぐわないということが起きてくる。そのマッチングに気をつけました。ミステリーは読者がこの謎を解いてみようとなった時に真相に到達できるかどうかが大事なので、そこは気を付けて書いています。
――住民同士がもめたり、少年が行方不明になったり、毒キノコ事件が起きたりするなかで、一度は無人になった地域ならではの特色や不便さ、あるいは不明な部分が絡んでくるのが面白かったです。
米澤 環境のことは取り込みたかったんです。たとえば山田風太郎の『明治断頭台』はすぐれた物理トリックミステリーですが、道具立てが全部明治ならではのものなんです。人力車であったり、廃刀令にもかかわらず刀を持っている人であったり。そういう、ミステリーの道具立てと舞台とテーマが融合しているものにしたいなと思いました。
――推理するまでもなく謎が解明される軽い話や、集落の月日を思わせる深い話など、各篇のトーンもいろいろですね。
米澤 ミステリーとしての緩急をつける意図がありました。ミステリーの定番ジョークみたいなものもやってみたかったですし、その一方で、この集落にも歴史はあったのだ、という話も作りたかった。この集落がミステリーのために作られた張りぼての空間ではなく、ここには人の暮らしがあったのだという話も書いておきたいと思いました。
――あとから書き下ろした二篇のうちの一篇は謎解きの話ではない。これはどのような意図がありましたか。
米澤 起承転結構造でいうなら「転」であってほしいと思いました。どこかの村の愉快なミステリー話から、少しギアが変わるという感じです。ただ、最初はその一篇だけ入れようとしたのですが、この本は短篇の題名が全部ふたつずつ対応しているんですよね。それで、せっかくだからもう一篇を書くことにしました。
――各章の題名は「軽い雨」、「浅い池」「重い本」「黒い網」「深い沼」「白い仏」……ああ、なるほど!
米澤 「軽い 重い」「黒い 白い」ときて「深い沼」という書下ろしを書いたので、じゃあ「浅い」を書かなきゃ嘘だろう、と(笑)。
――なるほど。そして、軽妙なノリもありつつ、やっぱり米澤さんらしいほろ苦さも感じられますよね。米澤さんの作品って、スカッと爽やかなハッピーエンドってあんまりないじゃないですか。
米澤 真相に触れずに話すのが難しいのですが、あまり嘘はつかずに書きたいなと思うんです。簑石という場所をミステリー空間として構築したのは確かなんですけれども、この村の外には実世界がある。集落の中はポップで軽妙なミステリーの世界かもしれませんが、一歩外に出れば現実が近づいてきている、そういう感じで書ければいいなと思っていました。