辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

作家の書き出し

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辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

門井慶喜「作家の書き出し」

――面白そうですね。その頃から、歴史や古典に材を取る傾向があったわけですね。ただ、ミステリー作家になろうとか、ファンタジー作家になろうというような、ジャンルについては意識することはなかったのでしょうか。

門井 オールのほうは現代小説で書いていましたが、そちらも最終選考に残って落ちたのが、のちのデビュー作になる『天才たちの値段』の第一話「天才たちの値段」で、ルネサンスの画家、ボッティチェリの絵が本物かどうかという話でした。そういう点では、ファンタジーも現代小説もミステリーも区別はせずに、ただ、たまたま小説に書きやすいものを選んだら歴史に材を取ったものが多かった、ということじゃないかと思います。結局オールの賞をいただいたのは、歴史とはまったく関係のない短篇なんですけれど。

――確かにオール讀物推理小説新人賞を受賞した「キッドナッパーズ」は現代ミステリーですが、他の作品では、現代を舞台にしても古典や名作が絡む話が多いですよね。

門井 ひょっとしたら、歴史作家というより文化財作家かもしれませんね。……そんなジャンルはないですね(笑)。

――今、しっくりきました(笑)。ただ、史実や古典に材を取る時に難しいのが、「こういう人がいました」「こういう作品がありました」というのを小説化しただけでは、単なる紹介になってしまう。それでもそこから材を取るモチベーションや面白く読ませる工夫について、どう意識されていますか。

門井 今おっしゃったことに触発されて言うんですけれども、歴史に対する悪口として、僕がいちばん痛烈だと思うのはフランスの詩人、ポール・ヴァレリーの〈どうでもいいじゃないか。1回しか起こらなかったことなど〉なんです。細かいところは正確じゃないかもしれませんが。これを言われたら、あらゆる歴史は吹っ飛んじゃう。ただ、それでも僕らが書いていることに意味があるんだとヴァレリーさんに対して言うためには、一回性の事件を書いて、それによって永遠のものを読者に差し出すことしかないんだろうと思います。それが、文学というジャンルのやることだと思うんです。そういう意味では、僕は歴史家ではなく、やっぱり歴史作家なんだろうと思います。

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東京、はじまる門井慶喜

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