辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(前篇)

作家の書き出し

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辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(前篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

門井慶喜「作家の書き出し」

主人公は明治を代表する建築家

――新作の『東京、はじまる』は東京駅や日本銀行の設計などで知られる建築家、辰野金吾の物語です。拝読して、「辰野金吾ってこんな人だったのか」など、驚くことが多くて。前から彼については書きたいと思っていたのですか。

門井 意識したのは10年以上前からですね。万城目学さんと近代建築についての対談をさせていただいた頃から、ずっと辰野金吾というのは気になっていまして、いずれ正面から扱わなければならない対象だとは思っておりました。ただ、ちょっと……。

 その後、万城目さんとの対談がまとまったり(『ぼくらの近代建築デラックス!』)、ウィリアム・メレル・ヴォーリズを描いた『屋根をかける人』を出したり、エクスナレッジの『日本の夢の洋館』というA4判の本など近代建築関係のお仕事をしまして、ますます、日本のザ・建築家というような人である辰野金吾に正面からぶつからなきゃいけないなと思いました。でも、辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことになりますから、こちらのエネルギーを全部吸い取られることは分かっている。それでなかなか決断できずにいた時に、文藝春秋の方から「辰野金吾を書いたらいかがですか?」と言われ、「はあ、とうとうこの日が来てしまった」と。税金の督促状を受け取ったような気分というか(笑)。

――宮沢賢治の父親の政次郎を描いた直木賞受賞作『銀河鉄道の父』の時は、賢治の資料はたくさんあるけれど、政次郎さんの資料は少なかったとおっしゃっていましたよね。辰野金吾の資料はたくさんあったのでは。

門井 そうですね。同時代の人たちの間でも有名だったので証言もいっぱいありますし、研究書もあります。ですから『銀河鉄道の父』との比較で言いますと、資料のあり方は正反対なんです。『銀河鉄道の父』の場合は、言ってみれば資料分布がドーナツ型。政次郎の資料はなくて、その周りの賢治に関する資料は山ほどあるわけです。でも、辰野金吾は逆で、富士山型なんです。本人に関する資料がたくさんある。真ん中に辰野山があって、周囲にそこまで有名でない人の伝記や研究書がポツポツあるという構造でした。

 

――ドーナツの真ん中を埋めるのとはまた違う作業になりますね。

門井 ドーナツ型の場合には、穴のところをこちらの想像力で埋めてやればいいので、そういう意味では作家らしい仕事ができます。ところが富士山型の資料分布になりますと、頂上から切り崩していく作業になりますから、作家というよりは歴史家の作業に近いんですね。ひとつひとつ丹念に資料を読んでいくということが中心になりますので、想像力を使う前に、まず事実確認に時間がかかります。

――それを物語化していくのはどういう作業になるのですか。

門井 具体的には年表づくりからです。とはいえ研究者ですと綿密につくるんでしょうけれど、作家がそれをやると想像力を働かせる余地がなくなるので大雑把な年表ですね。金吾の主要な仕事とプラスアルファくらい。それをじっと見るんです。そもそも年表というのは、どんなに精密なものでも穴だらけなんです。グラフで言えばてっぺんだけが書いてあるわけですよね。その下にあるものを想像するところから始めます。

――確かに、その人の性格だったり、心情だったりは年表には表れませんしね。

門井 年表を読んで一番わかるのが事実。一番わからないのが心理ですから。とはいえ、小説を書きながら年表もどんどん書き込みますけどね。それに小説だからどんな想像も許されるかというと、そんなことはないわけで、その想像は対象への、この場合は金吾への、敬意がなければならない。金吾ならこう考えたに違いない、こう言ったに違いないと、そこまで想像を追いつめなければ、結局は小説の説得力もなくなっちゃう。小説のなかでは作者は神様だとよく言われますが、神様も謙虚なほうがいいんです。

――読んでまず印象に残るのが、「剥き出しな感じの人だな」ということ。意外と「俺が俺が」と前に出たがるところがあったということです。

門井 ありがとうございます。その剥き出しの感じを出しつつ、読者に嫌な印象を与えないというのが今回の目標でございました。「俺が俺が」というところは、同時代の弟子とか、同輩とか友人などの複数の証言があります。息子の辰野隆なんかは「カミナリ親父」という言い方をしていたかな。何かあるとすぐ怒る。そういう意味では、感情をストップさせる仕掛けが心の中にない人なんですね。

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