辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

作家の書き出し

作家の書き出し

辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

門井慶喜「作家の書き出し」

「ダントツの一位」に気をつけろ

――書く題材というのは、毎回どのように選んでいるのでしょうか。

門井 さきほどの言葉に繋げて言えば、ただ事件が面白いだけじゃなくて、なんらかの意味が我々現代の人間にとってもあるもの。とはいえ、事件がつまらないとそれはそれでいい話にならないので、人物も面白く、事件も面白く、そのなかにあるテーマが普遍性を持って、我々にとっても心に迫り、できれば現代だけでなく永遠にその価値が不変であるものが望ましいと思います。採用条件は厳しいんです(笑)。

――それを見つけるために、日々何かされていますか。

門井 僕にとっては常に、小説を書くというのは調べるということなので、調べている時に「あ、これ別の1冊になるんじゃないか」というようなことがあります。結局、仕事は仕事から生まれるということですね。仕事をしている時が一番、次のアイデアが生まれやすいですね。

――では、『新選組の料理人』や、GHQ占領下の神保町の古書店が出てくる『定価のない本』などの題材は、そうした連なりの中で見つけたものだったのですか。

門井 そうですね。『定価のない本』についていえば、僕の場合はすべての仕事が古本を読むことに繋がっているので、その仕事全体から、いずれ神保町というのは正面から取り上げたいなと思っていたというのがあります。

――資料を見つけるのは得意ですか。相当な量になると思いますが。

門井 見つけかた自体にはオリジナリティーはないと思います。普通に「日本の古本屋」という、全国の古本屋が集まっている通販サイトで、僕の興味があるキーワードを入れるとか。あるいは、ある資料が面白かったら、その一番うしろの参考文献一覧を見て、それらを買ってみるとか。「これはいいや」というのももちろんありますので、そういうのは買いませんけれども。それでも所持している資料が相当な量になりまして、今、仕事場がいっぱいなので、新しい仕事場を建てているところでございます。

――自分でも小説を書きたい人へのアドバイスってあるでしょうか。歴史ものに限らず、小説一般において。

門井 小説は簡単な言葉を使うほうが難しいものだと僕は思います。だから、簡単な言葉を胸を張って使えるようになれたら、文章力もはるかに上がるはず、という気がします。たとえば「精神」と「心」という言葉だったら、「精神」という言葉のほうが使いやすい。漢語は意味の輪郭がはっきりしているんです。でも、大和言葉はたいていそうですけれど、「心」という言葉は輪郭がはっきりしていないので、文章の中にピタッとはめ込むことが難しい。そんな「心」という言葉をうまく文章の中にはめることができたら、これはものすごい破壊力があるわけです。「精神」なんて言葉よりずっと意味のふくらみがあるわけですから。

 あと、これは口を酸っぱくして言うんですが、いわゆるトートロジーには本当に気を付けてください、と。「頭痛が痛い」みたいな表現のことですね。「頭痛が痛い」なんて書く人はいないと思うんですけれど、もうちょっと複雑な、たとえばここの文章とここの文章がトートロジーだというのは、見落とされがちですね。なんて言っておきながら、僕も先日、別の本で、「ダントツの一位」ってやっちゃって。校正さんに指摘されました。ダントツなら一位にきまってる(笑)。

――なるほど。私も気を付けます……! さて、現在、雑誌『yom yom』で「地中の星」という銀座線を作る話を連載されていますが、次の単行本刊行はどんな作品になりますか。

門井 次は足利義政になります。新聞連載が終わりまして、今年の夏以降にKADOKAWAから出る予定です。義政といっても一生を扱うわけではなく、ほぼ銀閣づくりだけです。それまでは部屋に畳を敷き詰めることは一般的でなく、人が座るところに一畳分だけ畳や敷物が敷いてあった。その時代に銀閣を作って「こうすれば美的空間になるでしょう」とはじめて言ったのが義政なんです。つまり、現代の原型があると言えるので、書くことができるんじゃないかと思った次第です。タイトルは『銀閣の人』です。


かどいよしのぶ 1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。
著書に『家康、江戸を建てる』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』『定価のない本』『新選組の料理人』『東京帝大叡古教授』など多数の小説作品、また『日本の夢の洋館』や万城目学氏との共著『ぼくらの近代建築デラックス!』など建築にまつわるものも。
20年2月、満を持して明治を代表する建築家・辰野金吾をモデルに江戸から東京へと移り変わる首都の姿を描いた『東京、はじまる』を上梓。文藝春秋digitalで「この東京のかたち」も連載中。

東京、はじまる門井慶喜

定価:1,980円(税込)発売日:2020年02月24日

別冊文藝春秋 電子版30号(2020年3月号)文藝春秋・編

発売日:2020年02月20日