辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

作家の書き出し

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辰野金吾を書くということは、東京の街そのものと立ち向かうことだった(後篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

門井慶喜「作家の書き出し」

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一行も書いてないのに小説家になると思ってた(笑)

――門井さんは博識で、もともと建築に興味があったわけですが、近代という時代にも、興味がかき立てられますか。

門井 はい。僕は、建築は一番でっかい文化財だと言っています。近代に関しては、それ専門になるつもりはないんですけれども、興味はあります。

 歴史を書いて「はい、こういう面白い話がありました。終わり」では、ちょっと物足りない。やはり現代を生きることに対してのヒントを提出できたらとは考えます。僕自身がそういうヒントがほしいという人間なんです。そうなりますと、時代の選び方としては、やっぱり我々の時代に年代的にも近い近代というのは選びがちかもしれません。

――それで思い出しました。前にインタビューした時に、書きたいから書くというよりも、書かねばならないものを書くという意識が強いとおっしゃっていましたね。

門井 言いました、言いました。それは変わらないですね。自分のために書いている感じはしないです。読者のために書いているという感じです。一種の義務感。そうか、だから税金の督促状だったのか(笑)。

――そもそも、学生時代にはもう小説家になりたいというか、ならねばならないと思いながら一行も書いていなかったんですよね?

門井 そうなんです。なるに決まっているとすら思っていたという。これを阿川佐和子さんに話したら、「もう、ヤダ!」と言われました(笑)。実際に書き始めたのは25、26歳くらいだと思います。ひょっとしたら原稿を書かなければ作家というものにはなれないのではないだろうか、という僕の深い考えの末に、その真理に思い至ったわけでございます(笑)。

――あはは、深いですね(笑)。いきなりすらすらと書けましたか?

門井 書けません。今も書けませんけれど。どういう小説を書いたのか憶えていませんけれど、書き出しだけで何十回も推敲したことを憶えています。とにかく先に進まなかった。オール讀物推理小説新人賞に毎年応募していた頃も、あれは今と同じでだいたい50枚から100枚の新人賞なんですけれども、その枚数を半年かけて書いていました。サラリーマンでしたから、仕事をしながらとはいえ。

――なぜ数多くある新人賞のなかで、オール讀物推理小説新人賞だったのですか。

門井 他にもいろいろ応募していたんですけれど、たまたま最終候補に残ったというのもありますし。日本ファンタジーノベル大賞にも最終選考まで残りました。西崎憲さんが受賞された時ですね。

――どんなファンタジーだったのですか。

門井 主人公がシェイクスピアで、「十二夜」という作品に材を取ったものでした。「十二夜」は地中海沿岸のイリリア地方で繰り広げられた男女の喜劇なんですが、私の話では、シェイクスピア自身が船が難破してそこにたどり着いちゃったということにしました。寒いところにいるイギリス人がはじめて地中海の開放的な男女のありさまを目の当たりにして、自分もどんどん変わっていく。そして、戯曲というものを書いてみようという気になって、書いて、みんなの前でそれを披露したというのが長篇のクライマックスだったと思います。まあ史実では、シェイクスピアはイギリスから一歩も出てないんですが(笑)。

東京、はじまる門井慶喜

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