内容的には、これも時間というものが最強だという話ですよね。具体的に説明するとネタバレになってしまいますが。それと、「夜の記憶」もそうですが、ふたつの物語を交互に並べるというのは非常に好きなパターンです。昔読んだビル・S・バリンジャーの『歯と爪』もそうですが、こういう構成のひとつのメリットは、緊張感が持続しやすいということですよね。それで最後まで「どうなるんだろう」と、推理しながら読んでもらえると嬉しいです。
――いやもう、読みながらどちらに毒が入っているのか考えに考えました。こっちだろうと思っても、でもそれはひっかけじゃないだろうか、と迷いまくりました。
貴志 登場人物も当然そう思うんです。こっちだと思っても、それが罠じゃないかと疑い、考えすぎてしまうんですよね。自分が正しいと自信のある人なら、おそらくぱっと選んで間違わないんじゃないかなと。
――一方のパートが終戦直後という設定で、シチュエーションもユニークですね。
貴志 歴史ものはあまり書いたことがないのですが、現代から離れたものも書いてみたい気持ちがあったので、楽しかったです。言葉遣いやモノが違うのはもちろんですが、考え方も今の人とはちょっと違うんじゃないかなと。よりストレートであったり、と同時に時代の制約みたいなものがあったりするのではないかなと考えて書きました。
――最後に収録された「赤い雨」は、チミドロと呼ばれる赤い藻類が大繁殖して海も雨も赤く染まり、さらに未知の疫病が蔓延している地球が舞台です。そこには選ばれた人間だけが住める安全なドームがあって、スラム出身ながら成績優秀なためドームに入り、疫病の研究をしている瑞樹という女性が、治療法を探るために危険な行動に出る。チミドロはどういうところから発想したのですか。
貴志 生態系というものは常に変わっていきますよね。恐竜の天下の時代があり、それが滅びたから人類が出てきた。そうした進化がある種、袋小路に入ってしまった世界が書きたかったんです。ただ、すべての生き物が絶滅する以外のかたちの袋小路にしたかった。それで、もし人類以外に地球環境を決定的に破壊してしまう生き物がいるとしたら、どんなものだろうと考えました。ちょうどその頃、石油危機が叫ばれていたんですよ。石油というのはいつの時代でも「あと50年でなくなる」などと言われますが、解決法のひとつとして、石油のような燃料をバクテリアに作らせる方法がありますよね。非常にリーズナブルな解決方法ですが、生き物だから人間の設計図通りにはならない恐ろしさがある。もしそうした過程で環境中に放出されてしまった生き物がいたら、ということを考えました。藻類にしたのは、やはり地球環境を設計するのは微生物というか、非常に小さな生き物じゃないか、というところからですね。