人間はみな愚かだということを出発点とする小説を書きたい(前篇)

作家の書き出し

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人間はみな愚かだということを出発点とする小説を書きたい(前篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

貴志祐介「作家の書き出し」

 もともと海外SFを読むのがすごく好きなんですが、よくできている短篇は作者のバックグラウンドがまったく違うにもかかわらず、何か胸に迫ってくる感覚を受けることが多い。だから、自分もそういったものを書けたら、と思っていました。

――次の「呪文」は2009年発表。『新世界より』の刊行後ですね。文化調査で植民惑星「まほろば」に派遣された男が、危険な諸悪根源神信仰の存在を知るという話です。

貴志 これは個人的な体験で……。たとえばどこかに脛をぶつけたり、足の小指をタンスの角にぶつけたりした時に、神を呪うことってないですか?

――えっ。きっかけはそこですか!(笑)

貴志 神が人を呪うのであれば、こちらも呪ってやる、みたいな感覚は人間の心の中に普遍的にあるのかなと思って。そういう時というのは神を敬う時とは違い、ある意味神と対等になっているのではないかと思うんです。

 それと、書きながらサブテーマとして考えてたのは企業というものですよね。法人格について考えていました。アイザック・アシモフの中篇に「二百周年を迎えた男(バイセンテニアル・マン)」という作品がありますよね。ロボットに法人格を与えようという心温まるヒューマンストーリーですけれども、それは実は恐ろしいことなんじゃないかなと、読んだ時に感じたんですよね。

 確かに人間の発達に宗教は大きな役割を果たしましたし、今でも宗教により救われている人が大勢いらっしゃると認めることはやぶさかではないです。ただ、マイナス面が大きくなりすぎているという気もします。宗教にしろ企業というものにしろ、人間ではないものに人間を超える力を与えてはいけないのではないかという問題意識がありますね。どんな場合も人間というものを最上位に置かなければいけないのでは、という思いがあります。

新型コロナウイルスのパンデミックを連想

――3番目に収録されているのが表題作の「罪人の選択」です。終戦まもない頃、ある男が人の怒りを買い、相手から一升瓶と缶詰を出されてどちらかを口にしろと言われる。どちらかには猛毒が入っているという、究極の選択です。20年後にもまた同じ場所で、同じ状況が生まれて……という。緊張感のある話ですね。

貴志 そうです、緊張感を最後まで持たせることがひとつのテーマでした。長篇であれば一回ぐらいダレてもいいんでしょうけれども、自分が今まで読んで素晴らしいと思った中短篇というのは、どれも最後まで緊張感が持続するものだったので。

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罪人の選択貴志祐介

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