10年かけて何者かになりたいと思った

作家の書き出し

作家の書き出し

10年かけて何者かになりたいと思った

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

桜木紫乃「作家の書き出し」#2

毎週原稿を送っていたら、段ボールひと箱分になった

――間違いとは、そこから単行本が出るまでが長かった、ということですね。さきほどおっしゃっていた、飲酒量が増えた時期。

桜木 編集者に「ほかの人はみんな小説の勉強をして何回も最終選考に残ってから受賞しているけれど、あなたはいきなり獲ったから、これしか書けないんじゃないかと心配です」と言われました。あの頃は、編集者から全然連絡がないから、自分から毎週30枚の短篇を書いて送っていました。それが段ボールひと箱いっぱいになって、編集者が途方に暮れていたという話が残ってます(苦笑)。最近になって新人賞の選考で応募原稿を読むようになって、あの頃の私の原稿がいかに駄目だったか分かりましたけれど。でも、当時、「この人をなんとかしなきゃ」と頑張ってくれる編集者がいて、その後やっと本が出せました。

――それがデビュー短篇集の『氷平線』ですよね。

桜木 6本載っているけれど、それまでに書いたものからは、受賞作と一回だけ雑誌に載ったものの2本しか載せられなかった。段ボールに入ったものは1本も使わずに、4本は書き下ろし。それに2年くらいかかってるかな。

 その間、見るに見かねた編集者から、「長篇の勉強をして300枚書いて松本清張賞に送りなさい」って言われたんですよね。「いい小説を書きたいんだったらいい小説を写しなさい」とも言われて。それで高樹のぶ子さんの『透光の樹』を316枚分、丸写ししました。当時自分では300枚なんて書いたことがなかったから、写してみて、300枚あればこんなことが書けるんだ、すごいなと思いました。松本清張賞は一本だけ最終選考に残って駄目だったけれど。

 今でも、300枚を超える時は気を付けます。書きすぎてないかとか、300枚あれば書けることを引き伸ばしているだけじゃないのか、とか。あと30枚の時も気を付ける。

――30枚の時はどう気を付けるんですか。

桜木 無駄なことは一切書けない。だからすごく怖いんです。今回の『家族じまい』は、はじめて一篇80枚に挑戦したんです。最初は一篇40枚くらいかなと考えていたんだけれど、全然終わらないから「80枚にしてもいいかな」って編集者に相談しました。

 80枚にしたのは他にも理由があって、「小説推理」の新人賞の選考を3年やらせてもらった時に、80枚って結構ハードル高いんじゃないかなと思ったんですよね。もしかしたらすごく難しいのかもしれないと思って、自分がやれないことをああだこうだ言えないから、やってみようと思いました。書いてみたら、やっぱり難しかった。話を2回転半しなきゃいけないから。

――桜木さんって、事前にかっちりプロットを決めて書くタイプではないですよね。

桜木 まったくないです。でも、書いてから削るということもあまりしない。これを書いたら後で直すことになるだろうということは、できるだけ書きたくない。原稿がそのままゲラになることが目標で、理想です。でもゲラになると、半分他人の文章になっちゃって、そうするとまた粗が見つかるんですけれど。

別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)文藝春秋・編

発売日:2020年08月20日