本を盗むと、呪いにかかる!? 物語の世界に迷い込んだ少女は……

作家の書き出し

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本を盗むと、呪いにかかる!? 物語の世界に迷い込んだ少女は……

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

深緑野分インタビュー(前編)

本が嫌いという子の気持ちも、理解できるんです

――新作『この本を盗む者は』は本好きにはたまらないファンタジーです。読長町という街で、書物の蒐集家だった曾祖父が遺した巨大な書庫、御倉館から本が盗まれるたびにブックカース(本の呪い)が発動。街が物語に侵食され、主人公の深冬は真白という相棒とともに本泥棒を捕まえなくてはならなくなる。

深緑 編集者さんと打ち合わせた時に、「女の子ふたりの話っていいよね」となって。でもその頃『別冊文藝春秋』で「スタッフロール」という長篇連載を書いている最中で、調査に時間と体力を使う歴史ものを同時に書くのはちょっと難しそうだなと思って。それで、楽しく書けるこういう話でいこうと。こういう話なら楽しく書けそうと思ったというのもあります。

――大人はもちろん、きっと子どもも楽しめるファンタジーですね。

深緑 小学校高学年だったら読めるかな。子ども向けに総ルビにしてもいいかもしれません(笑)。そうしたらうちの姪も読めるはず。

――ブックカースには以前から興味があったのですか。

深緑 もともと中世の写本というものにすごく興味があって、いつかその話を書きたいなと思っていました。今回はそこからブックカースという題材だけ抜き出して使うことにしました。ブックカースって、遡ると紀元前から存在していたんだとか。本が貴重だった時代に、写本が盗まれないように、本に呪いの言葉を書いていたようです。ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』で描かれているのもある意味、ブックカースのひとつですよね。あれは読んだ人が死んでしまうというお話ですが。

 有名なブックカースに、バルセロナのサン・ペドロ修道院のものがあって、そこには「この本を盗んだ者、あるいは、借りて返さない者、その手を蛇に変え、引き裂いてしまえ。麻痺になり、関わった者は呪われろ。助けを請うくらい痛みで泣き叫び苦しめ。死んでしまうまで、苦しみが続け。本の虫よ、彼が最期の罰を受ける時、その体を食ってしまえ、地獄の炎よ彼を燃やし尽くせ」と書いてあったという。これ、盗んだ者だけじゃなくて、借りて返さない者のことも呪っているんですよね。

――絶対に許さないという気迫を感じます。御倉館の本にブックカースをかけた深冬の亡くなった祖母、たまきもそうですよね。たまきはそれくらい書物を愛していたわけですが、孫の深冬は本が大嫌いという。

深緑 最初に主人公として、ふたりの女の子を考えた時に、片方は怒っている子にしようと思ったんです。怒っている子と、彼女に忠実に付き従う子というコンビです。彼女はなんで怒っているんだろうと考えていくうちに、本の街に住んでいて、その街に馴染めないというか、ちょっと憤ってる子にしよう、と。私も本が好きだけど、文学少女にちょっとしたコンプレックスがあるんです。運動そのものが嫌いというよりも運動会が嫌いだから運動嫌いになる人と似た意味で、私も本を好きじゃなかった時期があるんです。だから、本が嫌いという気持ちもわりと理解できるし、そういう子が私にはちょっと可愛いんです。

別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日