葉真中顕インタビュー「日本の戦勝を信じたブラジルの日系移民たち。彼らの姿は、明日の私たちだと思った」

作家の書き出し

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葉真中顕インタビュー「日本の戦勝を信じたブラジルの日系移民たち。彼らの姿は、明日の私たちだと思った」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

 でも、登場人物を現代の価値観にフィットさせて、リベラルな思想の持ち主として書いたら、それはもう当時の日本人じゃないわけです。そこは、現代に発表するに適う表現に調整した上で、リアリティは失わないよう練りました。

 非常に難しい問題ですが、この責は作家がすべて引き受けるしかないんですよ。差別問題をはじめとしたデリケートな問題には踏み込まないエンターテインメント作品もあるけれど、私はやっぱりデリケートなことだからこそ考えたいし、目を背けてはいけないと思うので。もう、腹を括って自分の頭でひとつひとつ判断しながら書いています。

 今は私がデビューした8年前と比べても、差別や偏見に対する世間の感覚が全然違う。創作の現場でも、「ポリコレ」が意識されるようになってきています。そのなかで、複雑で難しい題材だとしても、向き合う価値と理由があると思えるなら、自分なりの誠実さを持ってしっかり書かねばならないと思っています。

“社会派”としての覚悟

――葉真中さんは小中学生の頃から作家を志し、その後ブロガー、ライター、シナリオ作家や児童文学作家を経て、2013年に『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞して一般文芸作家としてデビューされていますよね。同作はご自身の介護経験を元に書かれた作品で、“社会派ミステリー”として注目されました。でも、ご自身では“社会派”という意識はなかったとか。

葉真中 正直、“社会派”というラベルを貼られることが嫌だった時期もあります。やっぱり、自分が背負う看板を勝手に決められてしまうのはちょっとな、という気持ちがありました。でも、結局自分が何に興味があるのかというと、社会と地続きの問題なんです。たとえば太平洋戦争を扱うにしても、戦況や軍事的なやりとりよりも、戦禍が人間社会にどのような影を落としていたかに興味が湧く。いまは、“社会派”作家として、その責任をどう引き受けるべきかと考えています。

――作品のテーマはどのように選んでいるのですか。

葉真中 何かが降ってくる時ってだいたい、実際に起きた事件のニュースを知った時です。今回でいうとラジオを聞いた時ですね。何か圧倒的な現実に触れた時に、「あ、これは物語になるな」と思うことが多い。

 でも、インスピレーションを待つ日々というのは大変なんです(笑)。自分で望んだことだけど、作家という職業になった以上、常にネタを探さなきゃいけないから。デビュー作の『ロスト・ケア』では自分の家族の介護の経験を、その次の『絶叫』では自分と同じ、ロストジェネレーションと呼ばれる世代について書いて。その時点で自分自身に直結した問題意識は出し尽くしてしまったので、そこから意識的に題材を探すようになりました。でも、探そう探そうとしていると駄目で、今回のラジオのように、たまたま「あ、これを小説にしたい」という瞬間が訪れた時のほうが、すんなり書けるんです。正直、テーマ選びは今も苦労しているところではあります。

――以前、現代小説を書くと、どうしても就職氷河期や非正規雇用に苦しみ、バブルの後始末をさせられたロスジェネ世代としての恨みが滲んでしまうとおっしゃっていましたよね。

葉真中 そうですね。自分の世代のことはずっと書いていく気がします。中年も後半にさしかかった今、家族との関係性も変わったし、昔は気づかなかったことにもずいぶん気づくようになりました。そういう意味では、題材は自分の周りにいくらでもあるはずですよね。

 それと、今回扱った太平洋戦争という題材にはやっぱりまだ興味があります。あの戦争を通して、現代に繫がるいろんな社会問題や、世の中の仕組みが見えてくる。今後数作は現代を舞台にした作品を書いていくと思いますが、機会があればまた太平洋戦争をテーマにしたいですね。

――次の作品のご予定は。

葉真中 読売新聞オンラインで連載していた「ロング・アフタヌーン」がおそらく来年、本にまとまります。デビュー以来書いてきた現代小説の到達点……とまでいうと口幅ったいんですけれど、本当に全部出し切れたと思える小説です。

 小説家を主人公に、作中小説から始まり、それを書いた作者はどんな人物なのかといった謎を掘り下げていく話です。男女格差やジェンダーの問題を出しつつ、並行して、物語は何のために存在するのか、人間は書くことによって救われるのか、といった創作に関することを突き詰めていきました。

 太平洋戦争をテーマにしたものでは『凍てつく太陽』を経て、『灼熱』が一番長さと時間と労力をかけたものだし、現代小説としては「ロング・アフタヌーン」が自分としては集大成なので、両方楽しんでいただけると嬉しいです。

撮影:深野未季


はまなか・あき 1976年東京都生まれ。2013年、『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しデビュー。19年、『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞、第72回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門受賞。ほかに、『絶叫』『コクーン』『Blue』『そして、海の泡になる』など著書多数。

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