吉田修一が描く、長崎。原爆の記憶――。昭和のスター女優と青年の交流が、私たちをやさしく包み込む

作家の書き出し

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吉田修一が描く、長崎。原爆の記憶――。昭和のスター女優と青年の交流が、私たちをやさしく包み込む

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

初めて長崎の、原爆の話を書こうと思った

――新作『ミス・サンシャイン』は大学院生の岡田一心君が伝説の映画女優「和楽京子」、本名・石田鈴さんの自宅で荷物整理のアルバイトをすることとなり、交流を深めていく物語です。かつてハリウッドでも活躍し、八十代になった現在は引退して静かに暮らしている鈴さんの来し方が描かれていく。また、一心君も鈴さんも長崎出身で、鈴さんは被爆者でもあります。とても楽しく、そして胸を打つ内容になっていますが、執筆のきっかけはどこにあったのでしょう。

吉田 長崎の原爆の話を書きたいと思ったんです。そう思ったのは最近のことで、それまで僕は長崎出身なのに原爆について書くどころか、ちゃんと向き合ったことすらなかった。だから、ご自身が被爆された林京子さんのような方の切実な作品を読むたびに、自分なんかが扱っていい題材ではないとずっと思っていたんです。

 でも、長崎や広島以外の人と話していると、原爆のことってこんなに知られていないのかと驚くこともあって。長崎とか広島で子供時代を過ごしていると、原爆のことを教わる機会が多いんです。

――ああ、作中でも一心君がそうしたことを感じる描写がありますね。

吉田 3、4年前のある日ラジオを聞いていたら、長崎出身の福山雅治さんが「僕にとって夏休みといえば、原爆なんです」という話をされていたんですよ。本当にその通りだと思ったんですよね。僕が子供の頃は夏休みの宿題といえば半分は原爆に関することで、被爆者の方のお話を聞きに行ったり、資料館に見学に行ったりしていたんです。そんなことを思い出しているうちに、戦争第一世代ではない自分でも、原爆についてなにかしら語る手立てがあるのではないかと考えるようになりました。そうした頃に『文藝春秋』から連載の依頼が来たんです。

――鈴さんには亡くなった親友、佳乃子さんがいますよね。幼いころに一緒に被爆し、のちに亡くなった彼女に対する鈴さんの思いがだんだん胸に迫ってくる作りになっている。

吉田 1945年にアメリカの「LIFE」誌に掲載された、「ラッキー・ガール」という写真があるんです。原爆が投下された直後の長崎の焼野原で、防空壕から顔を出した日本人女性の写真で、当時アメリカで評判になったんですよ。日本ではあまり話題になることはなかったのですが、今でも長崎の人はなんとなくみんな知っている。最初は、佳乃子さんを主人公に、その「ラッキー・ガール」の話を書こうと思ったんです。これは重いテーマになるなと感じていました。

――いま「ラッキー・ガール」の写真を拝見しました。周囲が瓦礫だらけのなかで、防空壕から顔を出した女性が、カメラに向かって笑顔を見せていますね。

吉田 そう、被写体となった女性は、写真の中で笑っているんですよね。防空壕の中にいたから「生き延びた」ということで「ラッキー」とされたわけですけれど、その女性は、後に原爆症で亡くなるんです。皮肉じゃないですか。聞いた話では、あれは自然な笑顔ではなくて、カメラマンが、「笑ってください」とお願いしたらしいんです。周りが死体だらけの中で、怖い思いを抱えながら、仕方なく笑っている。この写真を見ているうちに、彼女のありえたかもしれない人生について思いを馳せるようになりました。たとえば女優さんとかになって、アメリカに行って人気者になっていたら……とか。そうして生まれたのが鈴さんです。鈴さんの輝かしい人生を書くことで、佳乃子さんのように、原爆に人生を歪められた人たちの人生を照らし出すことができるのではないかと。

――そして、鈴さんを描くために一心君が浮かんだ、という感じですか。

吉田 鈴さんが自分で「私は大女優だ」って言うわけにはいかないですからね(笑)。彼女の半生を語るためには一心君が必要で、一心君がどういう若者かと伝えるために桃ちゃんが出てくる……というふうに考えていきました。

――桃ちゃんとは、一心君が思いを寄せる女性ですよね。ちなみに一心君はどこかのほほんとしていて、そこはかとなく、吉田さんの青春小説『横道世之介』の主人公・世之介っぽさがありますね。どちらも長崎出身ですし。

吉田 読者に読み進めてもらうためにも、語り口は明るくて軽やかなテイストのほうがよいだろうなと考えたんです。決して明るい一辺倒の話ではないからこそ、そうしようと。一心君については、最初はもっと世之介っぽかったんですけれど、途中で変えました。

作中作には、観てきた映画が詰まっている

――鈴さんは戦後の1949年にデビューし、ハリウッドでも評価された銀幕スター。ドラマや舞台でも長年にわたり第一線で活躍した、まさに酸いも甘いも嚙み分けている女優です。

吉田 鈴さんは女優一本で生きる人というイメージでした。京マチ子さんとか、その時代時代で輝いていたスターをイメージしながら、女優像を作り上げていきました。

――鈴さん=和楽京子の女優史のパートでは、実在する俳優たちに交じって、架空の監督や作品もたくさん出てきます。それがどれもいかにも本当にありそうなのが可笑しくて。作品の内容や周囲の評価なども詳細に設定されていますよね。

吉田 彼女の出演作を考えていくのは本当に楽しかったです。

――和楽京子は1949年、成田三善監督の『梅とおんな』で、主人公である僧侶の妹という脇役でデビューする。その後、文豪・谷本荒次郎の小説が原作の『洲崎の闘牛』という、赤線地帯に生きる女をたくましく演じて話題となって……。

吉田 それぞれの作品に直接のモデルがあるわけではないのですが、僕が今まで観てきた映画のエッセンスを詰め込みました。書いているうちに、あまりにそれらの映画が現実のもののように思えてきて、すごく馬鹿な話なんですけれど、連載中に『洲崎の闘牛』のラストの台詞を確認しようとして、無意識のうちにNetflixで検索していたんです(笑)。タイトルを入力しながら「あ、僕が作った映画だった」と気づいて。それくらい、本作で描いた世界は、僕にとってリアリティのあるものだったんです。

――ハリウッドに渡ってからの和楽京子は、「ミス・サンシャイン」と呼ばれて人気を博します。アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされるってすごくないですか。しかも一緒にノミネートされたのがキャサリン・ヘプバーンやイングリッド・バーグマンだという。

吉田 当時の日本とアメリカの歪んだ関係を書かなければならないと思ったので、鈴さんにはハリウッドに行ってもらいました。過去には鈴さんとほぼ同じ世代の、ナンシー梅木さんがアカデミー賞助演女優賞を獲っているので、まったくありえない話でもないですし。

 コロナ禍の前に、ロサンゼルスにも取材に行きました。ハリウッドのスタジオや、ハリウッド女優さんが住んでいる家を見せていただいたりして。ナンシー梅木さんのお知り合いに話をうかがえたのもありがたかったです。

 そのほかにも、和楽京子を書くために、いろいろな女優さんの作品を観たり調べたりしましたが、やはり吉永小百合さんの存在は大きかったです。吉永さんは僕が中学生の頃、『夢千代日記』というドラマで、原爆症で亡くなる芸者さんを演じられていたんです。ドラマで原爆のリアルな実態を見て、改めてぞわーっとした記憶があります。吉永さんはその後も被爆者の詩を朗読されていたりして、そういう方から、今回、本の帯にコメントをいただけたのは本当に嬉しかったですね。コメントの中で、鈴さんの「彼女は亡くなり、私は生きた」という台詞を引用してくださったのもありがたくて。そのままモデルにしたわけではないですけれど、鈴さんの大女優としての活躍を書いていた時は、吉永さんの立ち居振る舞いを頭の片隅に置いていましたし。


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