それぞれの持ち場で戦えるのがゲームの面白さ
——全体的にコミカルなテイストで、思わず笑ってしまう場面もあります。
冲方 意識してそうしたわけではなくて、これは主人公の暢光の引力によるものですね。彼と一緒にいるだけで、みんながちょっとコミカルになっていく。その人たちの素が出てくるというか。暢光って、基本的に相手が言うことを否定しないんですよね。だから周りがどんどん素直になり、オープンになって憎めない空間ができあがるのではないかな、と思います。
暢光っていわゆる駄目な人ですけれど、彼の性格については誰も否定していないんです。「暢気なのが悪いわけではないけど……」みたいな言い方をされている。
本当に駄目な人って、家族の金を平気で盗んだりと、邪悪になっていく。暢光はそうではなく、社会と自分をうまく嚙み合わせる方法を見つけられていないだけ。自分が持つ一部の願望ばかり追い求めてしまうのが難点である、というだけ。今回、邪悪ではない駄目の書き方がつかめた気がします。
——彼らが参加するゲームにはモデルがあるのですか。
冲方 何種類かのゲームの面白いところを混ぜました。「フォートナイト」と「コール オブ デューティ」、「荒野行動」といったバトルロイヤルゲームに、「マインクラフト」の要素も加えています。ゲーム内のマップの構成や、特定のキャラクターを選ばないと特定の乗り物に乗れないといったルールは僕のオリジナルです。1チーム12人という設定は、おそらく現行のゲーム・システムだとなかなか難しいとは思いますが、将来実現したら楽しそうですね。
また、マシューが選択する剣豪のキャラクター「ソードマン」は、通常のバトルロイヤル方式のゲームにはほとんど登場しないんです。この「ソードマン」のイメージは、「モンスターハンター」から借りました。
——小説でゲームのプレイの状況を書くのは大変ではなかったですか。
冲方 そうなんですよ。誰がどこにいて何をしているのか、そして何をすると得で何をすると損なのかを全部書かなければいけないので、そこは結構チャレンジでした。でもこれまでにもアクションシーンを書いてきたので、その経験が下地になってくれたなと思います。
連載中はゲームをわかっている人向けに書いてしまったので、単行本にまとめる際に、かなり説明を増やしました。ゲーム初心者の担当編集さんにわかりづらいところを指摘してもらい、ゲームをやったことがない人でも楽しんでもらえるように改稿しました。
——芙美子さんや武藤先生のように、ゲーム初体験の年配の人もチームに参加して、頑張ってくれるところがよかったです。
冲方 反射神経という意味ではどうしても若者に勝てないですし、プレイヤーとしてのピークは10代から20代だと言われています。それでも、ゲームの中ではそれぞれの役割を持って、お互いに支え合い、助け合える。テクノロジーの発達で世代間の対立が顕著になっている今だからこそ、どの世代もお互いを尊重し合って持続する未来を予感させたかったですね。
トッププレイヤーのトレーニングから学ぶ
——凜一郎君はゲームの世界の中にずっといることもあり、ひたすら訓練して強くなっていく。ズルをせず成長しようとする姿に健全さを感じました。
冲方 ご都合主義になるのはよくないと思い、そこは頑張って描写しました。たとえば凜一郎がうまくいったプレイだけ録画して繰り返し見るというシーンは、リアルスポーツのトッププレイヤーのトレーニングを参考にしています。失敗したことばかり振り返っていると、その時の癖がついてしまうそうです。他にも、視野を広げる方法など、実際のeスポーツのノウハウからもピックアップしていきました。
——暢光が対戦前にラジオ体操をするのも、確かに有効だなと思って。
冲方 体がこわばると頭の反応が鈍くなりますから、準備運動はとても大事らしいです。暢光が大会の真っただ中でラジオ体操をする場面は書いていて楽しかったですね。