オンラインゲームで出会った“ヒーロー”に憧れ、日々成長する息子。その頼もしい背中が、僕にこの物語を書かせた――冲方丁ロングインタビュー

作家の書き出し

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オンラインゲームで出会った“ヒーロー”に憧れ、日々成長する息子。その頼もしい背中が、僕にこの物語を書かせた――冲方丁ロングインタビュー

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

——一連の出来事を通して、ただやみくもに成功を求めていた暢光が、働くこと自体が純粋に楽しいのだと気づくのも印象的でした。

冲方 職業選択の自由って本来、自分が生きがいを持てること、楽しいと思えることを選べることだと思うんです。そこに気づかないと、巨大なマネーゲームにからめとられ、うまい儲け話ばかり追い求めて空回りしてしまう。自分が何を楽しいと思うかがわかった暢光が最後に、なにをどう選択するのかも書いておきたかったことですね。

 暢光だけでなく、チームのみんなが成長してくれました。「お前まで成長するのか」という人まで成長したのは、嬉しいサプライズでした(笑)。

——こうしてオンラインで人と協力し合ってゲームしたり、世界大会があったりと、ゲームの世界もずいぶん変わりましたよね。

冲方 僕がゲーム業界にいた十数年前には「いつかこうなるといいね」と言われていたことが、ようやく技術的な問題をクリアし、実現しつつある。異なる文化同士の交流や教育の側面など、ゲームの社会的な意義が認められはじめているのは嬉しいですね。

 一方で、ゲーム業界もまだまださまざまな問題を抱えているので、そこもさらっと書いておきました。僕が某ゲーム会社で働いていた時はコンプライアンスがめちゃくちゃだったし、ガバナンスも無きに等しかった。

——作中でもゲーム会社のとんでもないCEOが出てきますよね。他にサーバーの問題や、著作権の問題なども、なるほどと思いました。

冲方 昔はもっと野放図で、平気でデザインをパクったりしていましたしね。まだまだ新しいテクノロジーなので、ルール作りが追い付いていなくて、今もさまざまな問題をどう解決すればよいのか、みんなで議論している最中なのかなと。

 今後、新たな問題だって出てくるでしょう。たとえばeスポーツ大会の賞金の額や、集まるお客さんや同時視聴する人の数が桁違いになっていくと、賭博に利用されかねない、とか。でも参加人口が増えれば問題もどんどん可視化されていきますし、可視化されるということは解決可能になっていくということなので、それは希望でもありますよね。

——技術面でも著作権などのルール面でも、ゲーム界はまだまだ変化していくんですね。

冲方 ファミコン時代が黎明期だとすると、オンラインゲームのプレイヤー人口が一気に増えた今は勃興期だと思います。

 今回の作品でえて出さなかったのはVRです。僕もやってみたことがありますが、VRゲームはまだまだ進化の途中という感じがします。視覚と聴覚をすべて電子情報に委ねてしまう世界は未知なので、今作ではそこまでは書かないことにしました。

変化する社会の中で、作品を届ける意味

——冲方さんの息子さんはこの作品をもう読まれたのですか。

冲方 息子は今高校生なんですが、先日はじめて「お父さんの作品、なにから読んだらいい?」って訊かれたので、最近刊行された『こつぱい』を渡しました。それと、『天地明察』も。

 今回の作品を読ませるのはやや恥ずかしい(笑)。こういう感情は今まで味わったことがなかったのですが。暢光というキャラクターは僕そのものではないけれど、子どもに対する想いなど、あまりにストレートな気持ちで書いているので、ちょっと照れ臭いんですよね。もうちょっと大きくなったら読んでほしいです。

——冲方さんからは、その時代に伝えたいメッセージを作品にこめる、という思いを強く感じます。

冲方 作家としてのキャリアを重ねるうちに、誰かに認めてもらおうとか自分を成長させようとかいうモチベーションよりも、微力でも、どうしたらこの社会をよくできるだろうか、というところに気持ちがシフトしてきています。

 昔は出版業界のことしか見えていなかったのですが、もっと大きな社会や世界に目が向くようにもなりました。これからの社会がどうなるのか、どうあるべきなのかをもっと考えなければいけない。

 他人と協調して生きていける健全さや、ひどいことに直面してもそれに呑み込まれない免疫力を、作品を通して提供できたらと願っています。そのためには、試行錯誤を続けるしかないですね。

——その時、こうした物語は書きたくない、と思うものは。

冲方 今は現実における絶望感が強いですよね。人はこれほどのパンデミックの中でも戦争をするのか、とか。個人の問題ではなく、社会的な構造として、人間のどうしようもない愚かさが露わになっている。その結果生まれた暴力や差別や偏見を増幅するようなものは、書いてはいけないし、自分は一生書かないと思います。

——ひとつの小説に取り組んでいる間に、時代が変わったと感じることは?

冲方 最近はしょっちゅうですね。コロナ以降、それぞれの正義の押し付け合いがひどくなったような気がしますし、ロシアのウクライナ侵攻によって、人々の平和や自由に対する考え方がまた大きく変わりました。人々の倫理を問う時に、前提にしなければいけないものが増えましたよね。だからこそ、小説を書くうえで、まったく気が抜けません。

 そうは言っても、変化が豊富ということは日々題材がたくさん生まれているともいえますので、社会の変化の良い面をちゃんと取り入れて物語を作っていきたいです。

——今後のご予定は。

冲方 二〇二五年くらいまで決まっています。早川書房さんでやっている「マルドゥック」シリーズの連載はしっかり完結までもっていきますし、映画やゲームのシナリオの仕事もあります。「剣樹抄」シリーズの三作目を書き上げたところなので、二〇二三年度中には単行本が刊行されます。『アクティベイター』の続篇も書く約束をしていますので、それもやらないと、ですね。

撮影:今井知佑


うぶかた・とう 1977年岐阜県生まれ。96年、『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞してデビュー。2003年、『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞受賞。10年、『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回舟橋聖一文学賞受賞、第143回直木賞候補。12年、『光圀伝』で第3回山田風太郎賞受賞。16年、『十二人の死にたい子どもたち』が第156回直木賞候補、19年には実写映画化され話題に。他に「マルドゥック」シリーズ、「剣樹抄」シリーズ、『麒麟児』『アクティベイター』『月と日の后』『骨灰』など著書多数。漫画原作、アニメやゲームの脚本など、多方面でその才能を発揮している。最新刊『マイ・リトル・ヒーロー』では、自身の経験をもとに、オンラインゲームを通して息子と一緒に成長する父親の姿をハートフルに描いた。


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