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対談 冲方丁×江尻勝 (DETONATOR代表)「オンラインゲームは分断時代の特効薬。だから描きたいんです」
小学生の息子がゲームで出会った“ヒーロー”
——新作『マイ・リトル・ヒーロー』は、交通事故で意識不明状態の中学二年生の息子から、オンラインゲーム内でメッセージを受け取った父親、朝倉暢光の物語です。執筆のきっかけはどこにあったのですか。
冲方 数年前、当時小学六年生だった息子にオンラインゲーム「フォートナイト」で、ボコボコに負かされたんです。僕は昔オンラインゲームをやりこんでいた時期がありましたし、ゲームのシナリオ開発もしていましたから、ゲームには結構自信があったのですけれど。同じチームになっても足手まといになってしまうし、全くついていけなかった……。
その時、息子の成長を強く感じました。ゲームというのはスポーツと同じで、トライ・アンド・エラーのやり方を学んだり、自分で必勝法を学んで応用していくなど、人生そのものなんだなと思いました。
それに、息子のプレイスタイルが紳士的で格好良かったんですよ。プレイが下手な僕でも、ちゃんとバトルが楽しめるように配慮してくれていたんです。そんな振る舞いをどこで学んだのかと尋ねたら、“やさプレイ”をしてくれたプレイヤーに憧れているのだと。以前、上手な大人が優しいプレイで息子を助けてくれたらしくて。相手は有名なプレイヤーだったようで、後日また出くわしたら今度は瞬殺されて、格の違いを感じたと。それを聞いた時、ゲームは教育に近いなと思いました。
それで息子に「ずっとゲームをやってていいよ」と言っていたら、すごく頑張ってランキングでかなり上位に食い込んだそうです。もうやりきって満足したようで、今はまた違うことにトライしていますけれど。世間では子どものゲーム依存を心配する声もありますが、あのとき中途半端にゲームを止めなくてよかったなと思いました。
——作中にも登場しましたが、ゲームの“やさプレイ”というのは面白いですね。
冲方 他人と空間を共有するとはどういうことなのか、それを教えてくれたんでしょうね。圧勝して悦に入るという段階を通り抜けた人たちが、ゲーム空間全体をもっと楽しい場にしようとして、自身にハンデを背負わせて弱いプレイヤーのために尽くす。息子から“やさプレイ”の話を聞いた時、それってヒーローじゃないかと感動したんです。今作では、そういうヒーローのロールモデルを提供したいと思いました。
ロールモデルとなるものを書こうと思ったのは、『天地明察』以来ですね。『天地明察』では僕個人のロールモデルになる人物を書いたのですけれども、今回はより広い、自分もこういうふうになりたいね、と言ってもらえるような、みんなにとってのロールモデルを提示できたらと思いました。
息子が父を導いて、一緒に成長する
——暢光は暢気で騙されやすい性格。詐欺にあって事業に失敗、妻の亜夕美とは離婚し、子どもたちは亜夕美と暮らしています。一発逆転の成功を夢見がちな暢光に関しては、どんなイメージがありましたか。
冲方 亡くなった父親が貿易商として成功していたことが、彼のなかである種のコンプレックスとトラウマになっているんですね。いつでも親と張り合おうとして、自分の適性に目を向けずに、親はこうしたから自分は逆の道を行く、などと考えてしまう。
暢光がなぜ失敗し続けるのかというと、自分が主人公になりたいからですよね。彼をこういう人物にしたのは、SNSがもたらした「みんなが主人公になれる」という巨大なフィクションに対するカウンターを用意したかったからなんです。
ネット空間において、確かに自分の意見を発信することは容易になりましたが、だからといって当然自分の意見に世界が従うわけではない。自分が輝きたいなら誰かを輝かせることにも貢献しないと、ネット社会はいつまでたっても成熟できない。それで、主人公になりたがっている駄目な父親が、息子のために尽くすことにより、結果的に本来の自分の適性に目覚めていく、という物語を書こうと思いました。
——息子の凜一郎を助けるために、暢光は彼と一緒にオンラインゲームの世界大会に参加することを決意します。
冲方 父が子を導くだけではなくて、子のほうも父を導いて、一緒に成長する物語にしようというコンセプトがありました。頑張っているけれども空回りしている大人と、純粋に頑張ろうとしている子どもの組み合わせで、努力するとはどういうことかを書こう、と。
——大会に参加するためにはチームを結成することが必要で、暢光はさまざまな人に協力を求めます。家族だけではなく、凜一郎の入院先の医師や、凜一郎を車で撥ねたカップル、かつて自分を騙した元詐欺師の裕介にまで声をかけていく。
冲方 チームの人数が多いとゲームプレイの描写が大変になるぞ、とは思ったんですけどね(笑)。凜一郎に親友がいると世界が広がるなとか、妹もいたほうがよいだろうなとか、シングルマザーの娘を助けるおばあちゃん、利害の真っただ中に立つ年配の弁護士も一緒にゲームをしたら面白いだろう、なんて構想が膨らんでしまって。
なんといっても、異なる世代が合流するお話にしたかったんですよね。テクノロジーによって各世代の常識が大きく分断されてしまった世の中で、もう一回一体感を取り戻す物語が必要なのではないかと思いました。だから、一人も外せなかったですね。
——暢光が、凜一郎を車で撥ねた善仁君にゲーム内で運転をお願いするところなんかは、周囲もちょっと引いてますね(笑)。
冲方 暢光も、事故を起こした善仁君に対してさすがに最初は怒るけれど、本気で謝罪されると一瞬で許してしまう。暢光は、相手の側になって考えることができる、想像力豊かで、同時に無頓着という、非常に稀有な人格なんですね。「目には目を」という発想をまったくしないところが良いなと思っています。「目のことは目のことでいいから、これお願いできる?」みたいな(笑)。しかも、強要していないんですよね。「こんなに迷惑をかけたんだから、これくらい恩返ししろよ」なんて言わない。暢光を書いていて、人徳のある人は、周囲にチャンスをあげられるんだなと合点がいきました。
だから彼は、事故を起こした人間はもう二度と運転してはいけないという発想もしない。なぜかというと、そんなのは誰にでもありうることだから。
現代では、何か問題が起こると誰かのせいにして、その人を社会から退場させれば問題は解決する、という風潮が強まっている。このことは非常に危険だと感じています。
この小説は、被害者と加害者が和解する物語でもありますね。被害者か加害者か、というのは状況のある一面にすぎないのに、SNSではその関係を固定して、対立を恒久的なものにしがちだと思うんです。でも、こういうふうにすれば対立は解消できるものだし、解消したほうがよい、というメッセージをこめたかった。だから、息子を撥ねた善仁君とその彼女の美香さんや、過去に暢光を騙した裕介君にもチームに参加してもらいました。
——チームのメンバー全員がいい味を出しています。途中から出てくるマシューという有名プレイヤーも重要な存在ですね。
冲方 経験豊富な大人のプレイヤーが子どもを蹴散らす話にはしたくなかったんです。世界トッププレイヤーであるマシューも、正々堂々と、健全な競争心で凜一郎たちと闘う。
結果的に、悪い人が出てこない作品になりました。エンタメ作品は悪い人を出しがちですし、いま、特にネット社会において絶対的な悪や敵を作ってしまう風潮が強いですが、本来、ひとはそこまで互いに敵対しあう必要なんてないのに、と思っていて。だからこそ、人間は善意に則って行動できるのだということを書いておきたかったんです。