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「東京ばな奈」という食べ物を知っていますか?
バナナの形をしたスポンジケーキのお菓子で、東京の代表的なお土産として知られている商品です。今から20年くらい前、僕がまだ高校生だったころ、田舎の親戚へ会いにいくときに家族がお土産として買っていて、初めてその存在を知りました。当時の僕は何もかも納得がいきませんでした。まず、東京でバナナは収穫できません。スポンジケーキだって、別に東京の名物でもなんでもありません。しかも、「東京ばな奈」を作っている工場は埼玉県にあるのです。もっと言えば、そもそも僕の家族は千葉県に住んでいるので、「東京土産」を買う資格だってないはず。
国外の名産品をスポンジケーキにしたものを埼玉県で作り、それを千葉県に住む僕たちが買う――どこにも東京の要素などありません。だから当時の僕は、何もかも納得できなかったのですが、今となっては「東京ばな奈」を渡す意味がよくわかります。田舎から見たら東京と千葉の違いなんてわからないだろうし、わかりやすく「東京」と冠されていて人気のお土産を渡しておけば、がっかりされる心配が少ないでしょう。
誰かに本をすすめるとき、僕はよく「東京ばな奈」のことを考えます。なぜなら、「本をすすめる」という行為は、誰かに何かを贈ることとよく似ているからです。お土産として何かを渡すとき、まず相手がどういう好みで、何を渡せば喜ぶかを考えます。もし相手の好みがわからないのであれば、なるべく多くの人が好みそうな人気の商品を買うでしょう。
本の好みは人それぞれ違いますし、僕にはみなさんの好みがわかりません。さて困った。どうしよう。そういうときに僕の中で「東京ばな奈」枠となっているのが伊藤計劃の『虐殺器官』、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』、太宰治の『斜陽』などです。
相手のことなど考えず、とにかく自分が本当に好きな本をすすめる、というのも正解の一つでしょう。それならウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』や町田康の『告白』なんかをおすすめします。みなさんも、僕みたいな赤の他人がすすめる本よりも、自分自身の価値観や好みをよく知った友人がすすめてくれた本をまずは参考にしてください。理解力のある友人がいなかったり、すすめられた本を全部読んでしまって困ったりしたら、これらの本を手にとってみるのもいいかもしれません。
「オール讀物」2023年7月号より転載