[第10回高校生直木賞レポート]久しぶりの対面開催で“夢のような”議論が続いた

高校生直木賞

高校生直木賞

[第10回高校生直木賞レポート]久しぶりの対面開催で“夢のような”議論が続いた

文: 伊藤 氏貴 (明治大学文学部教授・高校生直木賞実行委員会代表)

 読書は基本的には孤独な営みである。だからこそ、コロナで人と会えない期間にじっくり読書する機会を得て、読書の喜びを再発見した人もいるかもしれない。

 だがどんな喜びであれ、それが深ければ深いほど、他人とも分かち合いたいと思うのが人情ではないだろうか。読んだ本がおもしろければ、人にも伝えたい。相手も読んでいれば、そのおもしろさについて語り合いたい。

 そういう喜びを分かち合えるのが、高校生直木賞という場である。ときどき誤解されるが、高校生が書いた作品に賞を与えるものではない。直木賞の候補作となった作品を高校生たちが読み、語り合い、自分たちで受賞作を決める、〈高校生が選ぶ直木賞〉のことだ。

 2014年に始まった本賞は、今年でちょうど10回目を迎え、北は北海道から南は鹿児島まで、過去最多の43校、約300人の生徒が参加した。

 第167、168回の直木賞候補作から選ばれた候補5作品は次の通り。

 小川哲『地図と拳』
 窪美澄『夜に星を放つ』
 千早茜『しろがねの葉』
 凪良ゆう『汝、星のごとく』
 深緑野分『スタッフロール』

 これらをまずは各高校内で議論し、次に地方予選として3つのグループに分かれて、各校の代表が集まって議論をした。これはリモート開催だった。そこで、各グループから互選で対面開催の全国大会に進む高校を決め、17校の代表生徒が5月21日に文藝春秋に集まった。対面開催は実に四年ぶりだった。

全国大会に集う生徒たち

 議論は熱く、緊張から体調を崩して途中退席する者まで出たが、その生徒も最後は復帰して自分の思いのたけを存分に語っていた。

 以下に紹介するのは地方予選と全国大会で交わされた論戦のほんの一部だが、高校生たちの読みの深さと思いの熱さを少しでも感じていただけたらと思う。

窪美澄『夜に星を放つ』

『夜に星を放つ』(窪美澄)

・唯一の短編集ということで、他に比べてあっさりしていたかもしれないが、透明感のある文章に惹きつけられた。カバーを外すと星座が描かれていて綺麗だった。

・読みやすさはピカ1。コロナ禍もフィーチャーされ、リアリティ、現実味が高い。各話の地の文に主人公の性格が滲み出ていて、作者の表現力を感じた。

・登場人物が皆つらい思いを抱えているが、星は自分より大きい存在を象徴していて、登場人物はそれを感じ取って自分を慰めようとしているのではないか。

・ほかにも動物など色々な癒されるものが存在する中で、なぜ作者は星に注目したのだろうか?

・星は手に届かない光を放つものなので、読んだ人それぞれが主人公と対比したり、重ね合わせたりする部分もあるのかと思った。

候補作たち

・著者のインタビューを読んだ。人は困ったときに空を見上げるしかない、コロナ禍で洗濯物を取り込むとき、夜に空を見上げることが多くなった、とのことだった。星を描くことには、人々の抱える悩みを俯瞰的な視点で、客観的に見てみたいという願いがこもっているのではと思った。

・子どもに焦点を置いた作品がよかった。大人よりも子どもの方が理性的、冷静に描かれているのが新鮮だ。飾り気のない言葉で描かれているからこそ訴えてくるものがある。

・第2話「銀紙色のアンタレス」の夏の表現がキラキラしていて素晴らしいと思った。表現のよさにビビっときた。

・マスクの下のメイクがドロドロになるなど、ディテールがリアル。まさに現代を描いているのがよかった。

深緑野分『スタッフロール』

『スタッフロール』(深緑野分)

・映画製作など、知らなかったことを知る楽しさがあった。うちの学校では、主人公に自分を重ねて一緒に成長していけるという意見があった。ヴィヴに共感した。マチルダという憧れの人から否定されてしまったのに、それでも自分の仕事が好きなところに感激した。

・映画業界の情報に接する機会はなかなかないが、この作品を読むことで知ることができる。しっかり取材されているんだなあ、深緑さんの知識が深いんだなあと感じた。映画への愛が感じられてよかった。僕の知っている映画も出てきて嬉しい。

地方予選はオンラインで開催された

・前半のマチルダのストーリーの印象が強かった。どれだけ仕事をしてもマチルダは満足してそうではなかったので、夢をかなえるのも大変なんだと思った。

・マチルダに共感した。伝統が一瞬で新しい技術にとってかわられてしまう怖さを感じた。

・新しい技術に拒否感を持つ人、馴染む人、両方描かれているのが面白かった。

・マチルダの幼少期から人生の岐路までを丁寧に描いていて、一生大事にしたい本だと思った。

・この本を読んだことで、今後、映画の見方が変わりそうだ。

・高校生がいかに共感できるかを第一に考えたところ、この作品だと思った。高校生になって勉強やスポーツだけでなく、趣味で他人と比べられる機会も増えた。マチルダの絶望感は現代に通じるものだし、女性の活躍、裏方の仕事の描き方からも勇気をもらえた。

・高校生直木賞の基準を「色々なバックグラウンドを持った人が共感、応援できるもの」と考えた。趣味は自分がやりたいから、楽しいからやっているはずなのに、それを周囲に認めてもらえないと苦しくなる人は多い。ヴィヴィアンが周りの人に支えられたのはハッピーエンド過ぎるかもしれないが、友だちや同僚が支えてくれる、寄り添ってくれるのは救いだ。マチルダは自分の気持ちに最終的に折り合いをつけられた。自分が一番楽しいという生き方を模索していいんだと教えてくれる作品だった。

・専門用語が多くて読みづらいという意見があったが、むしろこれが物語の舞台の解像度を高くしている。第一部は評価が高かったが、二部になると人間関係がやや記号的に感じられるという意見もあった。エンドロールに名前が載らなくても思いは伝わっているよね、という展開もありえたのではないか。

小川哲『地図と拳』

『地図と拳』(小川哲/集英社)

・自分たちは「読書体験して楽しい本」より「対話を楽しめる本」を基準に考えた。読書会や対話によって、新しいことに気づき、より理解が深まる本だ。この作品にはさまざまな人の人生が描かれている。修行、建築……読者によってハマる箇所が違う。読者それぞれによって共感できる人生が違う、好きな人生を選んで寄り添えるのがよい。

・私もまったく同じことを思っていたのでびっくり。『地図と拳』を読むと、多くの人と価値観というものについて話してみたくなる。今後、自分の人生を他者に明け渡さず生きていくために、この作品を高校生の間に読む意味がある。また、作家志望の友人も、短歌を詠む私も、この本を読んで、創作したい気持ちになった。読んでこんなに人と話し合いたくなる作品は他にない。

久しぶりの対面開催

・たしかにこの作品は、登場人物たちの価値観の相違がすごく面白い。

・世界観と登場人物の作りこみがすごかった。56年という長い時間を描いて、都市や人物にブレがない。著者は、中国の町の実在の人に密着して描いたんじゃないかと思うくらい、風景や人物がまざまざと目に浮かんだ。エンディングまでずっと地図のことで芯が通っていてすごい。物語の先の未来をも想像させる。何回読み返しても新しい発見があって、付箋をつけてはまた読んで、また吸収して……という深さのある本だ。

・人々の声、表情、街の景色など、ほんとうに情景が浮かんでくる。僕の中では常に「燦燦と太陽が照りつける」感じが、NHK「映像の世紀」の中国編を視たときの印象と似ている。満洲という土地に即して、いろんな人の目線で多角的に構成していくすごい作品だと思った。

・参考文献がずらっと巻末にあってすごい。授業で習った事件が出てくると嬉しくなる。日本が戦争に向かい、やがて終わる。そのマクロをミクロな街に焦点をあてて描いたのが面白い。

・私は歴史研究部の部員で、私たちみたいな歴史好きにはたまらない本だけど、興味ない人にはチンプンカンプンではないかと少し心配だ。だけど最後には、なぜたくさんの人を登場させたのか、その意味がわかる。著者は戦場にいたんじゃないかと思うくらい、登場人物の心のさまをリアルに描いている。心のうつりかわりがわかりやすくて、戦争が怖いと思った。

凪良ゆう『汝、星のごとく』

『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)

・この作品が最も人間というものを描いていると思う。純愛にいたるまでの2人の心の揺れ動き方が素晴らしい。よく出来た人は出てこなくて、善よりも悪を描いている点が印象深い。

恒例となったグラフィックレコーディング/Ⓒ中尾仁士

・かみあわない2人を両側から描いていて、気持ちを掴みやすい。高校生が読んでわかりやすいと思った。意見のぶつかりあいが主人公2人に絞られていることと、はじまりが高校生なのが共感性を高めている。

・現代を舞台にしていて共感しやすい。高校生が大人になっていくストーリーには、私たちがふだん感じる苦悩も鮮明に落とし込まれていた。他人の境遇に思いをはせることができる、非常に強い本。

・共感するポイントが人によってまちまちなのが面白い。自分は田舎に住んでいるので、田舎ならではの狭いコミュニティ、近所の人の監視には共感したが、ドロドロ恋愛には共感できなかった。

・描かれている恋愛に今はあまり共感できなくても、大人になって読み返せば、複雑になっていく恋愛とはこういうことなのかな、と私たちも感じられるのではないか。

・周囲に反対された二人が、そこに抗(あらが)って突破するという従来の恋愛小説とは違って、一回離別するところが新しい。今の我々からすると「まわりの条件なんて気にしなきゃいいじゃん」と思うけど、それができないで別れてしまうところにリアリティを感じた。気になったのは、二人の感情がすべて言語化されているところ。言語化できない感情もあるのではと思った。

代表生徒が一堂に会した全国大会

・社会問題が多く描かれていて、入り込みにくさを感じた人もいたのでは?

・私は、社会問題を詰め込んだことはよいと思った。読書に慣れていない高校生にとって、一つの問題を深く掘っていくよりも逆に飽きずに読んでいけるのではないか。重い内容にもかかわらずすっきり読める、心を軽くしてくれる瑞々しい書き方がなされている。

・この作品の本質的なテーマは社会問題ではない。社会問題を雑多に詰めることによって、問題を軽く受け流すことを主人公たちにも認めている。考えないことも選択可能、と示唆する点が優れているのでは。

・単なる恋愛ではなく、男と女という違いをもって生まれてきた人間が「よりよいかたちで寄り添う」ことを書いていると思った。愛とか恋ではなく「そうしなくては死んでしまう」くらいの切実さで2人の関係が始まるのに惹かれた。一度別れを決め、そのあと自分の人生を考えた上で、自らの幸せを諦めずに掴みとっていく過程が素晴らしい。

・結末はハッピーエンドだと思っている。「人の意見を気にしなくていい」というのが作者が伝えたいことなのでは。

・幸せとは、当事者の幸せなのか他者から見た幸せなのか。私にとっては、このラストは幸せなのかどうかわからない。だが、これから生きていくなかで指針になる言葉もあり、本当に本当に好きな本。他の高校生にもオススメしたい。心のどこかに残ってほしい。

千早茜『しろがねの葉』

『しろがねの葉』(千早茜/新潮社)

・情景描写が優れており、眼下に風景が広がるよう。また登場人物の個性が光っており、時代小説だが、途中で誰が誰かわからなくなるようなことはない。殺人の動機は複雑だが、納得できる。

・この結末は、ウメが女としての運命に屈したということではないか。ただ、そうとしか生きようのない時代に、主人公が幸せになれる描き方が素晴らしいと思った。今の視点から男女格差を批判するのはたやすいが、それを言っても仕方のないところがある。

・今の私たちの価値観を相対化することができる。「間歩(まぶ)」という真っ暗な存在の象徴するものの意味を考えさせられる。最後にウメの「わたし」という一人称になることにより、より普遍的に読者に語りかけている。

・現代の自己実現的な女性賛美への一つの疑義を提示する小説では。

・「夢を諦める」というテーマは現代的だが、それを安土桃山時代の銀山を舞台に描くのがおもしろい。

意見に耳を傾ける

・ウメがはじめて「間歩」に入っていくときの生き生きとした描写によって、ひんやりした空気感まで伝わってきた。最後がまとまりすぎではという意見もあったが、銀というものに振り回される人々の姿は、これからも同様なことが起こっていくということを暗示しているのではないか。前半は女であることに抗い、後半は男たちが死んでいくことに抵抗しており、ウメが女として運命に屈しているというより、つねに抵抗しつづけた人生だったと読めるのではないか。隼人と喜兵衛のサイドストーリーも読んでみたい。

・最後2ページがなければたんなるウメの物語で終わるが、最後があることでより広がりのある普遍的な人間の話になっている。

・うちの学校では「女性しか共感できないのでは」という意見も出たが、だからこそ男性に読んでもらって男女差について理解してもらいたい。

・うちは女子校なので、男子は共感できないかもという発想がなく、正直その意見にはびっくりした。

入念な準備を重ねて挑む

・自分は男子で、たしかにあまり共感はできなかったかもしれないが、だからこそ俯瞰して見ることができたように思う。銀山はウメの象徴だと思う。どちらも喜兵衛が寄り添っている。銀山に対するように、カチカチに固まっていたウメの心に穴を穿ったのが喜兵衛。こういう読み方をするのに「共感」はいらない。


 ここから議論は、読書に「共感」は必要か、というより広い話題に移る。毎年のことだが、「高校生直木賞」は何を基準に選ぶのかという問題がもちあがる。当然のことだ。本家の直木賞でも、授賞の基準が明文化されているようなことはないだろう。選考の基準もまたその場で考えられなければならないことなのだ。
 

・「共感」は尊いが、それに囚われると物語の中に閉じこもってしまうことになるのではないか。外に出て俯瞰して見ることも大事。

・「共感」を評価の基準にすること自体が怖いことだ。共感は自己を絶対化してしまいがち。

・小説に教訓を読み取るのもいいが、教訓話だから評価するというのは違うと思う。

・ここまで皆さんの話を聞いていて、ネガティヴな意見も含めて、いろいろと考えさせる力のある本を選ぶべきだと思った。議論できるということが魅力。今日は「文学とはなにか」についての議論も深まったのではないか。

議論の後、談笑する生徒たち

 校内選考を除き、地方予選と全国大会だけで議論は実に7時間に及んだ。全国大会の模様はリモートで中継され、チャットで寄せられた他校からの意見も時折紹介された。

 最後に全参加校の代表生徒が推す作品についてコメントし、決選投票へ。僅差で『汝、星のごとく』が高校生直木賞に選ばれた。結果が発表されると、参加者たちはみな一様にほっとしたような表情を見せた。

 ただ、投票ですべてが終わったわけではない。高校生たちは全国大会終了後も会場に残り、あちこちで会話を続けていた。会場の都合でやむなく散会を促され、名残惜しそうに立ち去る彼らの姿からは、今後の彼らの読書体験がさらに豊かになるだろうことが窺われた。

 参加者の一人からは、「夢のような」体験だったというメールが届き、大学に進んでも読むことの喜びを追求しつづけることを宣言してくれた。

 これからも一人でも多くのよき読み手がここから巣立っていかんことを。

夜に星を放つ窪美澄

定価:1,540円(税込)発売日:2022年05月24日

夜に星を放つ窪美澄

発売日:2022年05月24日

スタッフロール深緑野分

定価:1,870円(税込)発売日:2022年04月13日

スタッフロール深緑野分

発売日:2022年04月13日


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