- 2023.06.23
- インタビュー・対談
第168回直木賞受賞記念対談 小川哲×浅田次郎「歴史と小説、虚実の間に」
「オール讀物」編集部
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
,#歴史・時代小説
中国史を追い続ける浅田さんと、満州を描いた小川さん。
史実をベースに物語を構築する難しさ、面白さを語る。
小川 浅田さんにはお会いするのは初めてなんですが、実は色々とご縁があって。今回直木賞をいただいた『地図と拳』で歴史考証や、様々なことを教えて下さったのが帝京大学の澁谷由里(しぶたにゆり)先生なんです。
浅田 おお、澁谷先生にはもうずっとお世話になっていますよ。『中原の虹』の文庫解説もお願いしたし、ごはんも何度もご一緒している。
小川 そして取材で瀋陽(しんよう)に行った時には、通訳の人に「浅田さんのアテンドもしたよ」と言われました。
浅田 どの人かな……30年来、数えきれないほど行ってますからね。小川さんはいつ頃、取材に?
小川 2018年、『地図と拳』の連載開始前に行きました。
浅田 コロナ禍が始まる前に間に合って良かったですね。
ユニークな旧満州の都市
小川 僕はもともと満州については教科書に載ってる程度のことしか知らなかったんです。連載前に担当編集者からいくつか提示された案の中にあった、満州国の都市計画「大同都邑(とゆう)計画」に関心を持ったのがきっかけで興味が湧きました。立案した高山英華(たかやまえいか)という建築家は駒沢オリンピック公園を設計した人なんですが、サッカーが上手でベルリンオリンピックの代表選手に選ばれるほどの実力者だったりもした、すごく面白い人なんです。
浅田 須野明男(すのあけお)など、具体的に誰か登場人物のモデルにしたというわけではないんですね。
小川 結果的にまったく別人になりましたけど、昭和初期の帝国大学で建築を学ぶ学生の雰囲気などは参考にしています。例えば学生仲間で左翼運動の雑誌に関わったり、そのせいで兵役時に上官から目の敵にされたり……。
浅田 どうりで帝大建築科の学生生活や勉強会、機関誌編集の細部にリアリティがあるわけだ。
小川 ただ、大同都邑計画は実現しなかったので調べてもさほど奥行きがなくて。小説にするなら計画が実際に都市になる話のほうが絶対に面白いので、僕の興味も高山英華本人から都市そのものに移り、仙桃城(シエンタオチヨン)という架空都市の成り立ちを中心に描くことになりました。
浅田 満州――現在の中国東北部を実際に歩かれたなら、建築にも目を惹かれたでしょう。
小川 上海や北京などとは全然違う、東北地方の都市独特の魅力がありますね。ハルビン、長春、大連などは日露戦争前後に急に作られた街なので100年から150年くらいしか歴史がないし、当時の建築物が基本的には全部残っている。区画も放射線状にきれいに整理されていたりして、人工的な、人間の計画に基づいた気配を色濃く感じました。
浅田 時間をかけて自然に出来上がったのではなく、皆がこぞって実験をしたような面白さですね。思うに、東北部というのはどこまでも平原が広がっていて山や河という比較対象になる自然がないせいで、人工物の大きさの基準がぶれているんじゃないかと。例えば大連。街自体は大規格なのに、満鉄本社は意外と小さいし、駅舎も上野駅のほぼコピーに過ぎない。そうかと思えば長春に行くと外周1キロのロータリーとか、何もかも巨大。比較する山がないから、街ごとに大きさがちぐはぐになるんですよ。
小川 ああ、分かります。高速鉄道に乗っていると、本当に地平線の果てまで見えるんですよね。都市開発が進んでも農村地帯との境界線がすごくはっきりしているというか。平らな田園風景から唐突に高層ビル群がそびえて、それが終わるとまたどこまでも平原が続く。
都市の駅前は大型商業施設が並び、タワーマンションの建設ラッシュ……と東京と変わらない光景が広がっていますが、違うのはその数ですね。日本ではあり得ない数、同じ形のタワーが百棟くらい群立している感じなんですが、30年前はどうでしたか?
浅田 まだ人民服を着ていましたし、北京ですら主な燃料が練炭だったので、そこらじゅう練炭運びのリヤカーだらけ。あと、自転車の波ね。それが2008年の北京オリンピックでガラッと変わった。日本の高度経済成長期の中で育った世代としては、昔の記憶をリプレイしているかのよう。古いものを片端から壊して、国中が均一化していく。近代化するばかりが果たして進歩なのだろうかと、大いに疑問です。
スケールを知らず始めた戦争
浅田 よっぽど辺鄙なところに行かないと、街の個性や風土は味わえなくなりましたが、10年程前に行ったチチハルは「おっ!」と思いました。
小川 チチハル。ハルビンよりさらに内陸にある街ですね。
浅田 驚くことに鉄道路線の周囲360度見渡す限りの湿原なんですよ。日本にも釧路湿原とかあるけど、あんな地平線までずーっとという光景は世界でも他にないんじゃないかな。そこでふと、ああ、チチハル攻略戦というのは酷い戦場だっただろうなと実感が迫ってきました。満州事変末期に日本がチチハルに攻め込んだわけだけど、とにかく足元が悪くて、しかも十一月の凍りつく泥の中を進軍する。仙台の第2師団なら寒さに強かろうって派遣したわけだけど、寒さの程度が違うし、土地鑑のある守備側が圧倒的有利に決まっています。中国の広大さも風土も知らないまま戦争を始めてしまったのが悲劇の原因だと、一面の湿原に立ってつくづく思いました。
小川 満州と呼ぶ部分、中国東北部だけでもとんでもない広さがあるという事実を日本人が、特に決定を下す人々が分かっていなかったのは大きな敗因だと僕も思います。
浅田 日本人の感覚だと奉天(現・瀋陽)が満州の真ん中だというイメージですよね。
小川 僕も以前はその認識でした。
浅田 ところが奉天は入り口に過ぎない。満州国首都の新京(現・長春)でもまだ南満州、ハルビンまで行ってようやく真ん中かな、というのが実際のところ。この認識のズレは大きいですよ。
小川 しかもハルビンの北にまだ広大な土地があり、その向こうにようやくロシアがある。だから満州をロシアとの緩衝地帯と見做(みな)すことにそもそも無理があったんだと思います。衝突をやわらげるといっても、間に挟んだものが大きすぎて相手が見えないんじゃ意味がないですよね。
ユーラシア大陸のスケール感を把握しないままに満州国という人工的な国家を作り、完全にコントロールできると考えていたというのは、つまり地図を理解していなかったということ。この日本人の感覚にはないスケールを何とかして表現したいというのは、満州を書く上で常々考えることでした。
浅田 僕が初めて中国に行ったのは、『蒼穹の昴』を書き終えた後だったんだけど、その時に「俺、小っちゃく書いてるな」と愕然としましたね。
小川 あれでもまだ小さいですか。
浅田 二人の新聞記者が会話しながら城壁沿いに移動する場面。自分が銀座や新宿を歩く感覚で書いたけど、北京を歩いて分かったのは、わずかな会話の間じゃ天安門広場は渡り切れない(笑)。しみじみ、取材は大事だと思いました。
何を、どこから書き起こすか
浅田 満州が舞台だという『地図と拳』を開いて1901年から始まった時点で、歴史をしっかり掴まえた小説だなと思いました。日露戦争から説き起こさないと、満州というものは理解できないんだけど、そこが意外と見落とされがちだから。
小川 太平天国の乱の洪秀全から始める案もあったんですけど、そうすると『蒼穹の昴』クラスの長大なシリーズになってしまう。僕の実績では編集者からOKが出ず(笑)、日露戦争からのスタートとなりました。
浅田 日露戦争というのは、仕方なく始めて、いい加減な決着がついてしまった戦争です。いくら「勝利」と喧伝されても、8万人もの戦死者を出しながら賠償金も領土もろくに取れなかった。国民が不満に思うのも当然で、日比谷焼打事件が起きて本邦初の戒厳令が布告された。陸軍にしてみれば不本意な戦争の末に天皇大権がふるわれたという、徹頭徹尾の悪夢が日露戦争なわけです。ロシアは陸軍にとって永遠の脅威。さっき、緩衝地帯として満州は広大すぎるという話が出たけど、それでもやっぱり、ロシアを警戒すれば満州にこだわらざるをえなかったんでしょう。
小川 そうですね。資料を読んでいても日本、特に陸軍は、当初アメリカも中国もさほど敵視していない。ロシアのことしか考えていないのが分かります。ロシアが怖いから満州が欲しくて、満州を巡って中国と対立して、リットン調査団に満州国を否定されて世界から孤立することになった。ロシアへの恐怖心が一連の戦争すべてを招いたという見方もできる。その意味で、日露戦争は近代史上の非常に重要な出来事だと思います。
浅田 もっと研究されてもいい戦争ですね。
世代で変わる戦争観
小川 スケール感なしで始まった日中戦争もさることながら、子供の頃から「なんで、勝てるわけないのにアメリカと戦争したんだろう」というのが不思議だったんです。太平洋戦争について授業で習った時に、小学生の僕でさえアメリカと日本の力の差が分かるのに……と。勝ち負けと戦争の是非は別問題として、素朴に「なぜ?」と。その後、当時の日米の立ち位置や国際情勢を勉強して、現代の僕らの判断基準とは違うことは理解しつつ、大人になっても根本的には「なぜ?」と思い続けています。
自分だけでなく親も戦後生まれで、物心ついた時にはアメリカが世界トップの国だった。そういう僕らの世代にとっては「なぜ?」が第二次世界大戦に対する当然の反応だと思うんです。だから今、戦争を書くのであれば、「なぜ、あのアメリカと日本は戦争をしたのか?」「なぜ、あの広い中国に戦争を仕掛けたのか?」ということを、ある程度納得できる形で提示すべきだ――というのが僕の作家としての考えです。
浅田 戦争観というのは時代により激変してきました。日清戦争、日露戦争はもちろん、太平洋戦争開戦時ですら、“戦争の決着”というものがあれほど壊滅的なことになるとは誰も想像していなかったでしょう。それまでの戦争は適当なところで和平を結び、あとは外交交渉に持ち込むというのが定石だったわけですから。しかし科学が進歩すれば兵器も威力が増して悲惨な結果になるということを、せめて軍人は予測すべきだった。地図を理解していなかったことといい、日本に科学的先見性がなかったことが「なぜ?」に対するひとつの答となるでしょうね。
ところで、小川さんのお父さんは僕と同じくらいのお年ですか?
小川 おそらく。父は戦後生まれ、祖父は学徒動員の世代です。
浅田 僕は小川さんとは一世代違いますが、戦争の記憶がダイレクトにあるか否かというのはやはり大きい。昭和26年東京生まれだと、焼野原を見た覚えはありませんから。戦争観も、戦争体験のある親世代よりはむしろ小川さんの世代に似ています。
小川 言葉で説明しきれないものもあるはずですが、やはり祖父と僕では戦争に対するとらえ方はすごく違うと思いますし、祖父の世代に書かれた戦争小説も明確に今とは毛色が違うと感じます。
浅田 戦争小説を色々お読みになって勉強しているのかなと思ったんですが、小川さんは戦闘シーンを書くのがうまいですね。アクションを書くのに動きを逐一再現しようとすると、映像にはまったくかなわないので、おかしなことになる。文章表現の限界を知っていないと描けないんです。小川さんの描く戦場はその塩梅が大変上手で、センスの良い作家だと思いました。
小川 ありがとうございます。『地図と拳』は連載終了後に大幅に手を入れたんですが、戦闘シーンは初稿からほとんど直していない部分です。正直なところ、自分でも「書けた」という感覚がありました。
浅田 戦闘中に手榴弾の衝撃で聴覚をやられるのを〈空気を丸めて作った弾丸に、両耳を撃ち抜かれたようだった〉と書かれていて、自衛隊にいた経験から言うと、あれは本当にそう。実弾演習の時なんて耳栓してても聴こえなくなったもの。弾が飛んできた時に「ヒュン」て風が来るのもその通りなんだけど、どうして知ってるんですか。何かで読んだ?
小川 いえ、来るんじゃないかな、みたいな想像です(笑)。僕はサッカーをやっていたんですが、シュートが身体の近くを通ったりすると、すごい風が来るんですよ。その体感を思い出して書いていました。
虚実の“虚”の許容量
小川 僕は歴史小説を書いた経験が少なかったので、どこまで想像で書いていいか、どこからはやり過ぎなのか、を書きながら見極めていった感じでした。
読者が小説に没入するためには、登場人物にとって世界がどういう風に見えているのかを示すのが大事ですよね。でも、今作では前世紀初頭の中国人の世界観に合わせるまでに僕自身ちょっと戸惑いがあって……。義和団しかり、当時の中国人にとって、お札を貼って神様の力を自分に宿すとか、変な修行で無敵の肉体を作るとかって、オカルトでも何でもなく、リアリティの一部だったんじゃないかと思うんです。だからこそあんなに広まったんでしょうし。ただ、歴史小説の中でそういう世界観を描こうとすると、近代化された僕の常識が邪魔をするんですね。そんな時に『マンチュリアン・リポート』を読んで、衝撃でした。汽車が喋ってる、と……。
浅田 僕は嘘つきだから(笑)。小説家は嘘をつくのが仕事。ただし、ついた嘘には責任を取らなくてはいけない。史実をしっかり押さえたなら、その上に建てる物語は縦横無尽でいい、というのが僕の考え方です。『マンチュリアン・リポート』は張作霖という英雄の死の真相を描く小説。しかし英雄は自分の心情を語った瞬間に英雄ではなくなる。客観的に英雄をとらえる視点が必要だけど、もう語れる人間がいない……じゃあ機関車だろうと使うしかない。
小川 機関車一人称視点がありなんだし、乾隆帝の亡霊が語ったりもしているんだから、特訓で孫悟空のような超人になる程度は全然大丈夫だな、と思えました。『地図と拳』も都市視点、仙桃城の語りで書こうかなと検討したくらいです。街に喋らせはしませんでしたけど、小説を面白くするためなら何でもありだと再確認できました。
浅田 もっと思い切って嘘をついてもいいんじゃない。
小川 まだいけますか(笑)。
浅田 いけるいける。学者肌の真面目さでもあるんだろうけど、どこか歴史に対する遠慮を感じます。歴史を理解してさえいれば、どんな嘘でもちっとも怖くない。結末の、あんなに美しい場面を書ける人なんだから、遠慮したらもったいないですよ。
名作にはテーマがある
浅田 もうひとつ良いなと思ったのが『地図と拳』というタイトルです。これ以外のテーマはないぞと言わんばかりに明示して、堂々たる佇まい。この小説において作家は何を書きたいのかというテーマが定まらない小説は、背骨がないのと同じですから。古今東西、百年生き残るような小説には必ずテーマがある。
小川 僕は小説を書く時に起承転結やプロットから着想することはあまりなくて、テーマが先に立ちます。何が作品を支えるのか、ということが執筆の道しるべになるので。これも学者肌と言われるような質(たち)ゆえかなと思いますし、もしかすると僕の今後の課題なのかもしれませんが。
浅田 そこを補っているのが、本筋の合間に入ってくる数々のショートエピソードの面白さなんですよ。これがあるから、学者肌といっても頭で書いた小説という感じはしない。テーマには寄与しないような、どうでもいい話なんだけど、ぽいっと放り込んである話がどれも読みごたえがありました。大長編をスーッと読ませる推進力にもなっているし。
小川 書いていて一番楽しい部分でした。
浅田 以前に直木賞候補になった短編集『嘘と正典』を読んだ時は、まず名刺をもらったなという印象で受賞には至らなかったんだけど、すごく心に残った。短編はぜひ書き続けるといいと思いますよ。そのぶん長編も必ず面白くなるから。
小川 長編を書く時でも、だいたい原稿用紙50枚が一呼吸なんです。バッと潜って一気に進んで、また浮上するまでが50枚。短編なら一呼吸で完結させるし、長編なら潜りと浮上を繰り返して、その間に次に繋がりそうなものをどんどん出して、かつ前に出したものを拾いつつ、みたいに進んでいきます。なので書き方に差はなくて、長編か短編かというのはテーマによって明確に分かれている気がします。書き進めないと全景が見えてこないものは長編で、自分の中で最後まで見通せているものが短編、というイメージです。
浅田 確かに、短編は書きながら考えるものじゃないな。書く前に頭の中でだいたい出来上がっている。
小川 それをいかに正しい精度で出力できるかに挑んでいる気がします。
浅田 対して長編は、とうとうと流れて、ゆったり成長するのが醍醐味。
小川 取り組んでいる時の楽しさの質が違うというか……。
浅田 鑑賞の仕方も育て方も、短編は花、長編は樹に似ているかな。樹木を育てるには、近づいたり離れたりして全体を眺めながら、枝ぶりを矯(た)めつ眇(すが)めつしないといけない。結構疲れる(笑)。
『地図と拳』はよく手入れされた樹だと思います。大きな壁画の製作とも似ていて、描く時は近視眼的に一点を見つめて絵筆を動かすけど、しょっちゅう後ろにさがって全体を確認して、また近づいて細部に手を入れる。遠目から見たバランスと部分ごとの最適を両立できないと、ゲルニカは描けませんから。相当何度も自分で読み直したでしょう。
小川 単行本化まで時間があったので、連載からかなり削って仕上げました。ただ不出来な部分を削るだけでは全体に崩れが生じるので、修正箇所の周囲も直して、また削って微調整して、ということの繰り返しでした。一番難しかったのは、孫悟空(ソンウーコン)たち中国人と日本の軍人たちと、さらにはロシア人も、それぞれリアリティレベルが全然違うという点でした。孫悟空が無敵の身体を持つことを良しとしても、日本兵が孫悟空を撃って銃が効かないというのは、日本側のリアリティレベルでほころびが生じてしまう。異なるリアリティをいかに矛盾なく共存させるかの綱渡りに苦心しました。
浅田 聞いていても冷や冷やする綱渡り(笑)。でも、それが読みどころ、作品の個性になってるんじゃないかな。芸術の命はオリジナリティですから、必要な苦労だったろうし、報われていると思いますよ。
小川 そう言っていただけると本当にありがたいです。
浅田 苦労したり、「やっちゃった!」と思ったことが結果的に吉と出るのは長編ならではですね。書きながら自分でも思いもよらない方向に転がって、慌てて追いつき、そのうちに想定外の面白いところに辿り着く。僕も『大名倒産』って真面目な江戸時代経済小説のプランに、連載中つい貧乏神を出しちゃったせいで七福神まで出すはめになって、書きながら調べ物の嵐ですよ……。でも、「やっちゃった!」が小説を面白くすると知っているから、もう直さない。
小川 書き始める前に「こういう小説にしよう」と構想したものって、所詮一人の人間が考えた範疇を超えられないと思うんです。途中で変なものが出てきて、それを無理矢理でも筋に組み込んでいくうちに作品のオリジナリティが生まれる。“自分にしか書けない小説”というのはそういう、出てきちゃったものをどう扱うのかにかかっている気がして。創作における一番大事な奇跡なのかもしれません。
作家人生について回る作品
浅田 短編・長編はもちろん、色んなことをやったほうがいいのは間違いない。きっと、次は満州とかけ離れたものを書くんでしょう?
小川 火星が舞台のSFです。
浅田 いいですねぇ。文学賞、ことに直木賞を受賞した作品というのは一生ついて回る。『地図と拳』を書いた人ってずっと言われると思うんですよ。
小川 どの本で賞をもらうかというのは、作品の良し悪しだけでなく、今後のキャリア、作家としての過ごし方に影響するだろうなとは思っています。
浅田 自分では長編をこつこつ書くのが向いていると思っているのに、短編集で直木賞受賞したもんだから、あれから何十冊と書いたのにいまだに「『鉄道員(ぽっぽや)』の浅田さん」って言われる。実は心外なものですよ。でもこれはもう免れない運命だから、振り回されずに書きたいものを書いていくしかない。芸術の天敵は自己模倣ですし、そうでなくとも作家という職業は作業自体は延々と同じことを続けるだけだから。
小川 駆け出しの新人でも直木賞受賞した後でも、一人でパソコンに向かって文字を打つだけで、日々の生活でやることは一緒なんですよね。
浅田 こんなに暗い仕事はない(笑)。
小川 デビュー後にそのことに気づいてすごく驚きました。普通なら仕事を続けていれば同僚や部下が増えたり、成功すれば会社が大きくなったりするのに、小説家って……。
浅田 製造元が一人だから。
小川 でも、暗い仕事だなって思った時に、取引先にごちゃごちゃ言われたり下げたくもない頭を下げたりするのと、自分はどっちが良いかと較べたら、小説のほうが断然楽しいじゃん、と。
浅田 満員電車に乗らなくていい、人間関係に悩まなくていい。この二大特典と引き換えに、孤独があるわけです。
小川 最後の最後は一人でちまちまやる仕事なんだ、という思いは常に心に抱いていたいですね。
写真◎石川啓次
(「オール讀物」3・4月合併号より転載)
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