高校時代、こんな本を読んできた/河﨑秋子

高校生直木賞

高校生直木賞

高校時代、こんな本を読んできた/河﨑秋子

文: 河﨑 秋子

第11回高校生直木賞候補者競作エッセイ

第11回高校生直木賞候補作
河﨑 秋子『ともぐい』(新潮社)

出会いと末永いお付き合い

 高校生の頃の私は、本を読むことが好きでした。レベルでいえば、一般的なクラスに3人ぐらいはいる程度のものです。

 小説だけでなく漫画も、そしてテレビや映画を見ることも好きだったので、活字中毒というよりは、自分と違う感性の人が発する創作物、その情報にとにかく餓えていたのかもしれません。

 そんな中、当時人気だった『マディソン郡の橋』を手に取り読みました。ベストセラーなのだから面白いに違いない。そんな期待は、率直に言って裏切られました。内容はアメリカの片田舎で農家の既婚女性がさすらいの写真家と恋に落ちる。農村の風景描写や細やかな言葉で綴られる登場人物の感情は、大人になった今でこそ「さすが素晴らしい」と思えますが、当時10代の私には(今風の言い方でいえば)まったく響きませんでした。

 なんでベストセラーなのに自分は面白さが分からないんだろう。私は年の離れた姉にそう零しました。姉の答えは実に明快でした。

「そりゃあんた、中年が不倫する文学に女子高生が感動するのは難しいでしょや」

 ……確かに。私は納得しました。ちょうど生物の授業で『受容体』というものを習ったところでした。受け取る側(読者)の受容体が未発達、あるいはそもそも形が異なれば、与えられた感動を十全に享受することは難しい。それは良し悪しではなく、事実としてそうなのだ、と理解しました。

 本には人それぞれ、出会うべき時がある。ある時は共感を感じられなかったとしても、年齢や立場が変わることによって物語への印象ががらりと変わることもある。そのために、一冊の本となるべく永く付き合っていくのがいい。私がその時に得た教訓です。これは本に限らず、あらゆる創作物にいえることです。

 そして、作家となった現在、読んでくれた読者の人生に永く(時に遠ざかったり近づいたりしつつ)伴走できるような本を送り出したい。そう思って物語を書いています。

オール讀物2024年7・8月号オール讀物編集部

発売日:2024年06月21日


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