「自分の言葉で語ってみようと思った」「期待したのは純然たる言葉での殴り合いである」――第11回高校生直木賞 参加生徒の声(3)

高校生直木賞

高校生直木賞

「自分の言葉で語ってみようと思った」「期待したのは純然たる言葉での殴り合いである」――第11回高校生直木賞 参加生徒の声(3)

2024年春、第11回高校生直木賞が開催されました。4月21日に46校の代表者が全国からオンラインで集まり、地方予選大会を開催。5月19日、互選によって選ばれた代表者が文藝春秋に集う全国大会が行われました。参加校全員による投票の結果、宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』が受賞作に決定いたしました。小説について熱く語り合った高校生たちの感想文を、3回にわけて掲載します。今回は茨城キリスト教学園中学校高等学校、埼玉県立大宮高等学校ほか、9校をご紹介します。

第一回 | 第二回 | 第三回

【第三回】

■茨城キリスト教学園中学校高等学校(茨城県)山根なな「お気に入りの世界を一つでも」

■埼玉県立大宮高等学校(埼玉県)武田明久「世界が色づいていくように見えた」

■埼玉県立浦和第一女子高等学校(埼玉県)有川芽生「読書を愛することへの勇気」

■山梨県立都留高等学校(山梨県)田中伶奈「自分と本も繋がれる」

■豊川高等学校(愛知県)芦沢覚「異なる視点」

■灘高等学校(兵庫県)岩瀬一誠「明確な主導権がないこと」

■筑紫女学園中学校・高等学校(福岡県)師岡杏奈「別の一面を見つけ、その本の核心に迫る」

■九州産業大学付属九州高等学校(福岡県)上田大地「あのワクワク感を返して欲しい」

■鹿児島県立松陽高等学校(鹿児島県)里山璃空「もっと自由で楽しいものに」

■鹿児島県立松陽高等学校(鹿児島県)上ノ町遙希「議論の迫力」

茨城キリスト教学園中学校高等学校(茨城県)山根なな「お気に入りの世界を一つでも」

「誰かの背中をそっと押せる作品を選びたい。必要なのだ」各々が考える高校生直木賞がある中で、この一言は真に根底にあるべきだと選考会に参加して感じました。何故なら、候補作品はジャンルの異なった素晴らしいものばかりで、各校代表者によって視点が様々だったからです。自信をもって「ここが私の好きなポイントだ」と提示すれば共感をしてくれる人が居る一方、逆に切りとって見たときに「この表現は果たして適しているのか」など日々の読書では及ばない深読みができました。そして、参加者全員が「推し本」について熱く語り合い、他の意見に心揺らいだり、新しい気づきを与えられるなど、初めての経験で溢れかえっていて楽しかったです。

 選考会前、私は「本に出てくる人物の設定なんて、作者がそう決めたから」と受け流しながら読んでいました。しかし、自ら考え、本の世界を開拓することによって得られる面白さは本の数だけ無限に存在していると、読書の可能性を改めて学ぶことができました。お気に入りの世界を一つでも手にすることで、これからの高校生活が少し違った様に感じるのではないでしょうか。

埼玉県立大宮高等学校(埼玉県)武田明久「世界が色づいていくように見えた」

 私は読書を「世界を創る工程」だと思っている。本を読み、考える。その時、自分が思い描く世界は自分だけのものであり、侵されることのない財産だ。読書から何を得ようと私の自由であり、如何なる解釈をしようと私の自由である。「自分だけの世界」を構築することが、私にとっての読書である。それは見ようによっては孤独で自己撞着的な思考かもしれないが、少なくとも私の中では読書はそんな位置づけだ。

 そんな私だから、当初は本の感想を語り合うことに対して些か懐疑的であった。ましてや、各々の解釈を斟酌して最も優れた本を選ぶことなど尚更だ。

 当日、少なからず消化できない思いを抱えながらも私は会場へ足を運んだ。文藝春秋の建物に少なからず度肝を抜かれつつも、私は大人しく席に着いた。如何に自分の中で消化できていないことがあろうとも私は校代表として、予選の中から選ばれた者としてここにいる。せめて何かを為して帰ろう。そう思った。

 結論から言おう。私が真っ先に味わったのは何よりも敗北感だった。勝ち負けなんて概念が存在しえないはずの場において、恐らく私だけが感じたであろう感想。それも苦々しさとは違う、いっそ心地よいまでの敗北感と衝撃。一人はデータをもとに一分の隙もないロジックを組み立てた。一人は高校生直木賞の意義について今一度問いかけた。格が違った、と認めざるをえない。私が多少なりとも用意してきた感想など吹けば飛ぶような、経験と議論の積み重ねに裏打ちされた厳然とした深度。私の意見がひどく独りよがりなものだったのだと、いやが上にも気づかされてしまった。だから私は、用意してきたものを一旦捨てた。彼らの意見を聞いて、胸襟を開いてみようかと思った。自分の言葉で語ってみようと思ったのだ。

 不思議な感覚だった。自分の世界が色づいていくように見えた。最初は荒々しい原色で、次第に繊細で優美な色に。

『ともぐい』が醸し出す野性的な雰囲気も、『ラウリ・クースクを探して』が奏でる透き通るような硬質さも、『木挽町のあだ討ち』が展開する奇想天外な結末も、『襷がけの二人』が織りなす必死な生き様も、『八月の御所グラウンド』が紡ぐ燦燦とした群像劇も、その本当の価値は、話し合いの中で気づかされた。少し前の私なら、こんなことは言わなかっただろう。だから、きっと私は変った。胸の内をほんのすこし曝け出して、きっと私の世界は彩られた。

 来年、高校生直木賞の舞台に立つ君たちへ。君たちの世界は、きっと君たちが思い描いていなかった色に染まることだろう。想像よりも鮮やかな色に。

埼玉県立浦和第一女子高等学校(埼玉県)有川芽生「読書を愛することへの勇気」

 高校生直木賞。今思えば、あっという間の時間だった。

 忙しい日々の合間を縫って本を読み、校内で合評会を重ね、オンラインでの地方予選、そして、念願の全国大会。この、あっという間で、けれども贅沢すぎる一連の流れを経験して、私はひとつの確証を得た。それは「どんなに技術が発展して、新しい娯楽が生まれても、読書がこの世から消えるという心配はしばらく無用だろう」ということだ。

 コスパ・タイパに優れた魅力的な娯楽が相次いで出現しては消えていく今日、かつての主要な娯楽であった「読書」は若者から敬遠されているように思う。実際若者の読書離れは現実問題として存在するし、電子書籍の普及も相まって書店の減少には歯止めが効かない。私のような「読書好き」はこの時代に珍しいと言われ、そして偉いねと褒められる。私はただ、何よりも読書が楽しいから本を読んでいるだけで、何も偉くはないというのに。でもこの反応こそが、読書という趣味がマイノリティである最大の証拠なのだろう。

 それでも。全国大会当日、私は驚いた。一人ひとりの本に対する熱量に、真剣な眼差しに、続々と生まれる議論と解釈に、ただただ圧倒された。こんなにも読書に熱意を注ぎ、思考を費やし、何よりも「楽しめる」高校生が全国各地にいるのなら、読書の需要はまだまだ消えていない。敬遠されるべき存在でもないし、オワコンなんてもってのほか、と、議論をしている最中でふと感じた。そして、私がこれからも「趣味」として読書を愛することへの勇気と後押しを受けることができた。

 最後に。私は「ラウリ・クースクを探して」の帯に印字された「高校生直木賞受賞」の文字を見るたびに、この贅沢な時間のこと、それから読書を愛する仲間のことを思い出すのだと思う。このような素敵な機会に関われたことを嬉しく思うと共に、関わってくださったすべての方々に感謝の思いを伝えたい。本当にありがとうございました。

山梨県立都留高等学校(山梨県)田中伶奈「自分と本も繋がれる」

 私は、高校生直木賞の選考会の中で、本を通じて他者と話すことで考え方の幅が広がることや、言葉に出して伝える大切さ・面白さについて学ぶことができた。

 そう考えた理由として、選考会の中で「木挽町のあだ討ち」という本に対して表紙の解説があったことに驚きを感じたことが挙げられる。私も確かに表紙に魅力を感じて本を借りることはあるが、それは内容を想像するための一部分であり、表紙に対してのストーリー性は感じたことが無かった。本のどこに対して、魅力を感じるかは人それぞれだということを改めて知るとともに、自分の固定観念を壊すきっかけとなった。また、自分なりの言葉を通して本の良さを伝えることが、その本に対する愛情につながると感じた。様々な環境の中で育った高校生が本を通じて繋がり、本に対して深く考察し話すことによって自分と本も繋がれる。言葉にしないと伝わらない、自分だけでは気づけなかった本の魅力に高校生直木賞を通じて気づくことができたと思う。

 今回選考した5冊の本すべてに、高校生だからこそぶつかる悩みに寄り添ってくれ、なおかつ大人になって読み返したときに新たな発見があるだろうと感じた。本は、自分が大変な時つらい時、気分転換がてら読んだ本が自分の知らない新しい世界に引き込んでくれる。だからこそ、そんな本に一人でも多くの高校生が出会えるよう、これから先も高校生直木賞が続いていくといいなと思った。

豊川高等学校(愛知県)芦沢覚「異なる視点」

 第11回高校生直木賞本選会は、パネリストという立場で参加しました。自分にとっては他の学校の高校生と意見交換する初めての機会となり、始まる前は少し緊張しながらも、わくわくした気持ちでした。

 実際に参加してみて、高校生直木賞ではどんな作品を選ぶべきか、ということについて討論が進んだことに驚きました。それぞれの作品に魅力があったからこその議論だったとは思いましたが、もっと作品の魅力について意見を出し合って欲しかったとも思いました。

 しかし、今回の選考会の議論を通して、自分がそれまで作品に対して考えていたものとは異なる、新たな視点を発見することが出来たと思います。議論で受け取った視点から、もう一度読み直したいと感じました。

 普段、自分の読書体験を伝えたり、他の人の読書体験を聴いたりということは無かったので、とても貴重な経験になりました。これからの自分の読書や、周りの人にお勧めするときに生かしていきたいです。

灘高等学校(兵庫県)岩瀬一誠「明確な主導権がないこと」

 特定の本について深く考える、しかもはじめましてが約20回も行われる場でそんなことをする機会は、高校生直木賞に参加しなかったらこれからもなかったかもしれない。この日、本について考えることと同等か、それ以上に初対面の人と議論する上でのコミュニケーションについて学びを多く得た。たくさんの人が面白い軸を持っていた。そんな人たちと話すと議論の切り口がどんどん増えてくる。それがとても楽しかった。

 高校生直木賞について考えてみると、高校生直木賞の議論には明確な主導権がないことが印象的だった。高校生が参加する大会でディベートが中心となるものには勝ち負けが存在することが多く、見苦しいディベートが行われることもある。しかし、高校生直木賞では議論の目的は勝つことではなく、一つの候補作に自分の一票を入れるために候補作を深く分析することにある。そんな場において主導権は不要だ。厳しく追及することがない議論の中では、意見を素直に変えることができる。意見の転換を発言ミスとして突く人がいないことは議論に飛躍を与えると実感した。

 また、数冊の本から一冊を選ぶという高校生直木賞の仕組みが初めての経験でとても面白かった。一冊選出するにはその根拠を言語化することが求められる。自分はどういうところを面白いと思って本を読んでいるのかを深く見つめることを通して自分自身を知ることができて有意義だった。

筑紫女学園中学校・高等学校(福岡県)師岡杏奈「別の一面を見つけ、その本の核心に迫る」

 私は今回、候補作を選考するにあたって、メッセージ性や、高校生におすすめできるかという観点に比重を置いて作品と向き合いました。しかし、実際の議論の場では、作品の大衆性や精度の高さ、読者に対する影響力など、様々な選考基準に基づいた多様な意見に出会うことができました。選考基準によって、作品に対する評価が大きく変わることがわかったと同時に、それらが、読者の中でその本の評価を決めるものになるのだと実感することができました。

 私は今まで、読書は一人でするものだと思っていました。物語の中に入り込むような不思議な感覚を得て、自分なりの解釈や感動を見つけ出すことに幸福感を覚えていました。だからこそ、誰かと議論した際に、もし自分の考えを否定されてしまったら……、そんな恐怖心が私の中にありました。しかし今は、批判されることにも意義があると感じています。自分なりの解釈にこだわるだけでなく、本当にそうなのか、別の読み方ができないかなど、もう一度作品と向き合うことで別の発見をすることができるかしれないと考えられるようになりました。

 本について議論することに対する抵抗が全くなくなった訳ではありません。しかし、議論によって新たな解釈が生まれ、別の一面を見つけられるならば、その本の核心に迫ることができるのではないかとも感じています。貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。

九州産業大学付属九州高等学校(福岡県)上田大地「あのワクワク感を返して欲しい」

 高校生直木賞選考会全国大会、楽しくはあった。ただ実りは少なかったかなと感じている。私が今回此の出場にあたって期待したのは純然たる言葉での殴り合いである。が、実際はヘタをすると話し合いにすらなっていなかったのかもしれない。高校生直木賞感想発表会に改名する事を具申すべきがどうか真剣に悩む様な様相を呈していたのではなかろうか。そもそも、20人近くが集う場において、高々3時間程度で話し合いが出来ると考えた事そのものが間違い、構造的且致命的欠陥であると言わざるを得ない。終始自分の発言に終わり、他者の発言を膨らますでもなく、反論するでもない姿勢に、私は拍子抜けしたものである。まあ発言の機会自体が少なく時間が限られていた事を鑑みるのであれば致し方ない事なのであろうが、該当作なし、つまり候補作品全てが高校生直木賞に相応しくないと言い切った私は正直、他の参加者、ひいては運営から何と言われるかを恐ろしくも楽しみにしていたのである。あのワクワク感を返して欲しい。そう声を大にして言いたい所である。とはいえ、ここまでボロクソに言っておいてなんだが、同じ読書好きと関われた事は非常に得難い経験であるとも思っている。若干名作品の評価に自身の好悪を持ち込むナンセンスな輩がいた事も事実であり、非常に嘆かわしい事ではあるが、それは一部であり、大多数がそれぞれ異なった観点から作品の見方をしており、両手を挙げて賛同したい意見や、興味深い意見が多々あり、いずれ生み出す側になりたいと望むこの身からすると、非常に良い経験になったと思う。

鹿児島県立松陽高等学校(鹿児島県)里山璃空「もっと自由で楽しいものに」

 もっと自分勝手に解釈して、自分勝手に発言してもよかったのかな、と思います。そもそも私には小説を批評する能力なんて全然ないのです。小説を構造的に読み解いたり、情景描写から鋭く暗喩を見出したり、時代背景と照らし合わせたりすることは私にはできそうにありません。実際に、私は候補作の読み取りが浅いまま選考会に挑み、他の参加者が意見を展開させていくのにもついていけませんでした。私は選考会に全然貢献できなかったのです。それならば、私はもっと積極的に自分の経験や価値観と擦り合わせた解釈を伝えたり、極端な考察を展開したり、自分の好きなレトリックについて情熱的に語ったりして、たくさんの反論を挙げさせたほうが選考会をより良いものにできたのだろうと、今になってから思います。またいつか読書会をする機会があったら、もっと自由で楽しいものにしてみたいです。(地方予選参加)

鹿児島県立松陽高等学校(鹿児島県)上ノ町遙希「議論の迫力」

 今回は高校生直木賞に参加させていただき、ありがとうございます。色々な人の意見を聴き、議論をしたというのは自分にとってとても大きな経験です。

 私達鹿児島県立松陽高校は「木挽町のあだ討ち」を推しました。ですが、議論をしていくにつれ、初めは気づかなかった所や共感したところもあり、違った視線で作品を見ることが出来ました。全国の高校生の議論はとても迫力がありました。物語や言葉の使い方に対する意見、考察も人それぞれでとても楽しく参加出来ました。

 高校生直木賞への参加は、私たちにとってとても大きな経験となりました。この経験をこれからの人生や創作活動に活かして行きたいです。(全国大会参加)


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