月村了衛『虚の伽藍』(新潮社)
山小屋で猫と読書だ
「高校時代に読んでいた本」と一口に言っても、数が多すぎてとても規定枚数では書き切れない。古典名作から当時の流行作家(「中間小説」同様、この「流行作家」という呼称自体がすでに死語だ)まで読んでいたが、なるべく他の方々が挙げなそうな作品を御紹介することにしよう。
私の高校時代は登山部での活動に全て費やされたと言ってよく、それまで読んでいたジャンルに「山の本」が加わった。定番の新田次郎の諸作は言うまでもなく、辻まことの画文集『山からの絵本』はすでに名著との評価が確立していた。またどういう訳か知らないが、その頃中公文庫が登山書を続々と刊行していて、川崎精雄『雪山・藪山』、吉尾弘『垂直に挑む』、小西政継『マッターホルン北壁』など、出るたびに買っていた。ちなみに当時の中公文庫は、土師清二『砂絵呪縛』を突然前後篇で出したりして、書店で我が目を疑ったのを鮮明に覚えている。これは戦前人気を博した時代小説で登山とは関係ないが、個人的に思い出深い復刊だった。速攻で購入し、今も目の前の書架に鎮座している。
話を戻すと、同じく登山絡みで読み出した西丸震哉『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山小屋造った…ネコも来た!』など一連の著作が抜群に面白く、大いに影響を受けた。さらに特筆しておきたいのは山と溪谷社『山のうた150』だ。知らない歌が殆どだが、歌詞を読んでいるだけで、心は時を超え空間を超え、未知の森へ、未踏の頂へと彷徨い出す。この旅情と憧憬、幻想と冒険精神とが渾然一体となった世界こそ、自分の根幹を成すものではないかと考える。ぜひ復刊すべき一冊だと思う。
こうして少し書き記しているだけで、あの頃の溌剌とした精神(自称)が甦ってくるようだ。現役高校生の皆さんには、ぜひ自分だけの読書を幅広く体験してもらいたいと切に願う。
(初出:「オール讀物」2025年7・8月号)
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